ヘヴンな駄文
□俺と和希と怪しいクスリ(和×啓)
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「うーん……」
勉強をする訳でもなく、机に向かって30分。
制服を着たまま頬杖をついて、俺は目の前に置かれたガラスの小瓶と睨めっこを繰り返していた。
海野先生が中嶋さんに頼まれて王様の為に作った『心変わりくん1号』。
透明なガラスの小瓶の中に、あからさまに怪しいピンク色をした液体がたっぷりと入っているソレは、中嶋さん曰く―――どんなに嫌いな相手でも、それを飲んで最初に見た相手を好きになるというシロモノらしい。
そんなものが、どうしてここにあるのかと言うと―――。
「今に始まった事じゃないが、丹羽の猫嫌いをそろそろ何とかした方がいいと思ってな。猫を見る度に気絶するアイツを介抱するのは、いい加減面倒だ」
学生会の仕事中に突然席を外した中嶋さんが帰って来たと思ったら、妙に機嫌が良さそうにそんな事を言い出した。
もちろん当の王様は逃亡中で、学生会室にはいなかった。
「はぁ……」
訳が分からずに曖昧な返事をする俺に、中嶋さんが手にしていた小瓶を俺に渡した。
『心変わりくん1号』の説明と共に。
「え? え? どうしてそんなものを俺に? 俺が王様に飲ませるんですか?」
俺が言ったって王様が飲んでくれる筈がない。失敗したら王様……どうなっちゃうか分からないし。
無理だと言い縋る俺に、中嶋さんが勘違いするなと言う。
「それを遠藤に飲ませろ。心配するな、丹羽の分はもう1本貰ってあるからな」
それから意地悪な笑みを浮かべてもう一言。
「最近構って貰ってないんだろう。そんな物欲しそうな顔をして。これでも飲ませて、しっかりと手綱を握っておけ」
「……なんて言われてもなぁ」
視線を再び机の上に戻す。何度見直しても小瓶は確かに存在していて。
触ってみれば、冷たいガラスの感触が気のせいなんかじゃないって伝えてきてるんだけど…。
使ってしまっても大丈夫なんだろうか…? 嫌いな相手を好きにしてしまうようなものなのに。
中嶋さんが言うように、もっと好きになる可能性もあるけど、嫌いになってしまう事だって十分にあるじゃないか。
何たって『心変わりくん1号』なんて名前な位だし……。
何より海野先生が作ったやつだ。中嶋さんもそれで俺に渡したに違いない。
中嶋さんの目的は、この薬がちゃんと成功するかどうかを見る為と…その後の成り行きを愉しみたい、それだけなんだろう。
そんな中嶋さんの思惑に乗るのは嫌だ……とは思う。
切実に思うんだけど、でも飲ませないと……自分で飲んじゃわないと、中嶋さんの視線に耐えられる自信がない。
「どうしよう……」
受け取ってしまったからには何とかしないと。
飲ませようと思ったけど落としちゃいました。とか、飲んだんですけど何もなかったですよ…?とか。
……ダメだ。
どれも信じて貰えないだろうし、許しても貰えなさそうだ。
「…やっぱり返しに行こう!」
中嶋さんには絶対冷たい目で見られるだろうけど、それでもこんなに怪しい薬は飲めない。
今だったらまだ学生会室にいる筈だし、謝って返して来よう!
そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、小瓶を鷲掴みにしていた。
慌てて靴を履き、俺が扉を引いたのと外から扉がノックされたのは、ほぼ同時だった―――と思う。
「わっ……?!」
勢いがついたまま、ドンッ!と何かにぶつかって尻餅をつく。
「あ、かず……」
咄嗟に見上げたその先には驚いた顔をした和希と、その上でくるくると宙を舞っているピンク色の小瓶があって――。
危ない!とも、避けろ!とも告げられないまま、全ては終わっていた。
―――コン。バシャッ…!!
和希の頭に小瓶が当たり、栓が開いた。
ワンバウンドした小瓶は、その口を下にして中身をぶちまけていた。……和希の上に。
俺の目にはスローモーションで映し出されたそれだったけど、止める術は俺にはなくて。
「和希っ!」
まさかこんな漫画みたいな事が本当に起こるなんて、思ってもみなかった。
「かっ、和希!! 大丈夫かっ?!」
慌てて立ち上がると、目の前にいた和希に近付く。
「あ、ああ……」
和希は自分の身に何が起こったのかさっぱり分かってなかったみたいだったけど、「一応大丈夫みたいだ」と、答えを返してくれる。
だからって安心出来る筈もなくて。
「和希、その水飲んだか?! 絶対に飲むなよ! 舐めてもダメだからな!! あ、シャワー。シャワー浴びて! 頭は? 平気か、ガラスとか刺さってないか?」
毒ではないと思うけど、断言は出来ない。軽い小瓶とは言え、ガラスが当たってるし。
すごく痛そうな音がしてたから、タンコブくらいは出来てるかもしれない。
「とにかく入って。あと服脱いで! あぁ、何でこんな時に来ちゃったんだよぉ……」
半ばパニックになりながら和希に八つ当たりする。落ち着けといくら言い聞かせても、頭の中は真っ白で、何をしたらいいのか分からなくなる。
とりあえずタオルを……と呟きながら、和希のネクタイを緩めてる。
言ってる事とやってる事がバラバラで、俺は焦っているのに、目の前の和希は笑っていた。
「俺なら大丈夫だって。どうしたんだよ、啓太。そんなに血相を変えて」
ただ水がかかっただけじゃないか、と呑気な事を言ってる和希に、俺は間髪入れずに「バカ!」と、怒鳴り返した。
「それは、海野先生が作った『心変わりくん1号』なんだよ! それを飲むと、どんなに嫌いなヤツでも好きになっちゃうらしいんだ。成功してれば問題ないけど、もし失敗だったら……」
どうなってしまうんだろう…?
一人で悪い想像をしてしまい、真っ青になりながら和希を引っ張る。
「何だって?! 海野先生の……?」
和希もようやくその重大性に気が付いたのか、慌て始める。
帰って来て、すぐにここに来てくれたんだろう。憐れなくらいピンクに染まってしまった制服を二人がかりで脱がせていると、シャツのボタンを外していた俺の手を、いきなり和希の手が掴んだ。
「か……和希?」
どうしたんだ?と、平静を装って訊きながら、掴む手の強さに嫌な予感を覚える。
恐る恐る和希を見上げれば、さっきまでとは一変した和希の顔とぶつかった。
いつでも俺を包み込んでくれるような温かさを持ったその目が、今は妙にギラギラして……獲物を付け狙う獰猛な肉食獣のそれに見える。
……ヤバイ。和希が…何かヤバイ!
「……啓太」
「ひっ…」
怖い…っ!!
喰べられる!と、瞬間的に思った。
逃げなきゃと思うのに、突然の事で身体が動かなくなっていて。
目を瞑った俺の耳元に顔を寄せて和希が囁く。
「啓太……好きだよ」
その囁きはいつものように甘いのに、次の行動はいつもと全く違うものだった。
「んぅ……っ?!」
噛み付くように口吻けられ、そのまま強引に舌で口唇を抉じ開けられる。
「んっ…ん、んん―――っ…」
歯列をなぞりながらぬめった舌が潜り込んできて、口腔をくまなく弄られる。
目を大きく見開いたまま、ドンドンと目の前の胸板を叩いて抵抗するのに、和希は全く気にしてない。止めるどころか、ますます責める手を強めてくる。
どうしちゃったんだよ、和希…こんな事いきなりするなんて……やっぱり薬のせいなのか…?
それでも久しぶりにする和希とのキスは気持ちよくて、だんだん何も考えられなくなってくる。
「ん、ふぅ……っ」
上顎を撫でられ誘うように舌を舐められると、身体がビクンと跳ね上がる。
ねだるように自分からも舌を出して絡ませて。気付いたら抵抗する事も忘れて和希のキスに夢中になっていた。
「んっ、和希…」
呼吸さえも奪われるほど激しくて苦しいのに……でも気持ちよくて、立っていられなくなる。
ガクンッと膝の力が抜けて倒れ込む。それを和希が支えてくれた……んだけど。
「ちょっ…、和希っ?!」
そのまま床に押し倒された。逃げられないように顔の横に手を付かれ圧し掛かられて、完璧に身動きが取れなくなってしまう。
「……啓太」
「い、やだぞ。こんな…」
こんな風にするのは嫌だ。薬の力を借りてする……みたいなのは。こういう事は、ちゃんと気持ちが伴ってる時にするものであって…。
「あ……っ」
抵抗するのも忘れて考え事をしていると、和希の手がいつの間にかシャツの中に潜り込んできていて。
「やだ、止めろって……和希っ!」
手を突っぱねたりして必死で暴れてるのに、そんな抵抗を嘲笑うかのように和希の手が肌の上を這い回る。
「やだ、やっ、んん…っ!!」
しなやかに動く和希の指が、悪戯に胸の突起をピンと弾く。声を殺して、いやいや…と頭を振ると、その指が強めに先端を抓った。
「あっ、ぅ……んっ」
和希に触れられた所が、じんじんと熱を持ってる。自分でもおかしいと思うくらい、身体が反応を返してしまう。
「やだ…何で……」
飲まなくても触れてしまうだけで効果があるとしたら……和希に触れられて、俺にも薬が効いてきたんだとしたら…。こんなの俺……。
「啓太、気持ちいい?」
もっと気持ちイイ事してあげようか?と、囁いてくる和希の手が不穏な動きを見せる。
「和希、やめ……っ!」
和希の悪戯で反応しかかったソコをやんわりと、でもしっかりと掴まれて。
「嫌がってたけど、ちゃんと感じてくれてたんだ?」
と、笑いを含んだ声で言われて。
俺の中で、何かが切れた。ぷっつりと―――。
「嫌だって言ってるだろ、バカ和希―――っ!!」
どこにそんな力を隠していたんだって、自分でも驚くくらいの力で和希を弾き飛ばすと、急いで靴を履いて部屋から逃げ出した。
「啓太っ!!」
後ろから和希の声が聞こえたけど、決して後ろは振り返らなかった。止まる事もしなかった。
目指す先は、こんな事がある前に向かう予定だった学生会室。
あんな事があったから時間は遅くなってしまったけど、中嶋さんならきっとまだいる筈だ。もしいなくても、寮に戻って部屋まで押しかける気でいた。
何としても手に入れなくちゃいけなかったから――あの薬の解毒剤を。