ヘヴンな駄文

□夫婦の日(中×啓)
1ページ/2ページ

「中嶋さん、中嶋さんっ! 今日は何の日か知ってますかっ?」
「……何だ、いきなり」

ノックもなしにやって来たかと思えば、興奮した様子で啓太が飛び付いて来た。
――丹羽がいたらどうするつもりなんだ…。
いつもはここまで突っ走ったりはしないコイツを、ここまで興奮させるものは何なのか――。
振り払う事も出来たが、自分を見上げてくるその目が何かを期待するかのように輝いていて。
それが何なのかが自分らしくなく気になって、啓太の好きにさせる事にした。

「ねぇ、中嶋さんっ!」

どうやら入って来た時の答えを求めているらしい。それが分かっていても、自分は啓太ほど素直な人間ではない。

「さぁな」

実際、その問いの答えを知らないというのもあったのだが。
啓太は中嶋の答えに一瞬だけ悲しげな表情を見せたが、すぐに立ち直ると、ぎゅうぎゅうと腰に抱きついてくる。
――どうしたんだ、啓太は。

「……おい、啓太」
「今日っ! 2月2日は、夫婦の日……なんです…よ?」

言葉がどんどん尻すぼみになっていったのは、自分の表情を見たからだろう。
何を言ってるんだ、啓太は…という呆れのそれで。
普段は不必要に表情を表に出す事はしないが、啓太には出来る限り感情を見せるようにしている。
でないと、単純な啓太に俺がどう感じているかなど、絶対に分からないからだ。

だが今回はまずかったのかもしれない。続きを話させるなら無表情でいるべきだった―――当然、そんな俺の思惑は啓太に微塵も感じさせなかったが。

「―――それで?」
「え?」

俺からすれば最大限の譲歩だ。わざわざ促してやったんだから。さぁ、俺の気が変わらないうちに、さっさと話せ。
零れ落ちそうなくらい目を見開いて驚いていた啓太の表情が喜色に変わる。
怒らないで下さいね、と念押ししてから呟くように言った。

「夢を…夢を見たんです」
「……夢?」

それが夫婦の日と何の関係があるんだ。
それくらいは口に出さずとも分かったらしい。

「その夢では……俺と中嶋さんは一緒に住んでたんです」
「…………」

――そういう事か。
俺と啓太は一緒に住んでいる、つまり夫婦になっていたらしい。
そんな夢を見たのが『夫婦の日』だったから、俺と啓太は運命で結ばれてる!とでも思ったんだろう。そんな事で喜べるなんて、この学園じゃ啓太か海野先生くらいなものだろう。……お手軽なヤツだ。

―――だが、そんな啓太だからこそ、この俺が惹かれたんだろう。

まるで仔犬のように純粋で、穢れがない。
その純粋さを汚してしまいたいと思いながら、他の全てのものから啓太を守って俺だけにその穢れなき心を向けていればいいとも思う。

何とも恥ずかしいが、そんな気持ちは啓太に出会わなければ永遠に得られなかったであろうものだ。
珍しく殊勝な気分になった事だし、今回だけは特別に甘やかしてやるか。

「そうだな。俺とお前がもしも夫婦になったら、啓太には一日中裸にエプロンでいさせてやるよ」

嬉しいだろう?―――耳元に口唇を寄せて囁いてやると、俺よりも一回り以上小さな身体がビクリと跳ねた。

「なっ…!?」

振り返った啓太は耳まで真っ赤だ。

「くくっ……お前は本当に―――」
「揶揄いがいのあるヤツだ、って言うんでしょ。分かってますよ!」

勝手に決め付けてプリプリと怒っている。確かに啓太ほど揶揄いがいのあるヤツはいないが、今回は『可愛いヤツだ』と言ってやろうと思ったんだがな。
自分でその機会をなくしてしまうなんて、予想以上に馬鹿な子だ。

―――これだから飽きない。
ずっとお前が変わらずに、そのままでいたら。夫婦なんて甘っちょろい関係なんて飛び越えて、ずっと一緒にいてやるよ。

もちろん、それも啓太には秘密だがな。


【おしまい】
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ