ヘヴンな駄文

□自由への招待(中×啓)
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今日は俺の誕生日。大好きなあなたに少しだけ近づける瞬間。
でも俺自身が変わらなければ、ただ一つ歳を取っただけに過ぎないんだ。
だから俺は―――。

「…た」

俺を呼ぶ優しい声。

「…啓太」

ここにはいない筈の人の声に、これは夢なんだと知れて涙が出てくる。

――あぁ、会いたい…なぁ…。

「いつまで寝ているんだ」
「…ん、んん…?」

だけど夢の割にやけにはっきりと声が聞こえる気がして。
ぼんやりと目を覚ますと、すぐ間近に眼鏡越しの怜悧な瞳があって、思わず顔を引いてのけ反ってしまった。

「何故、逃げる」

不機嫌そうに瞳を眇めるその人は、俺の大好きな……ずっとずっと会いたかった人。

「なっ、中嶋さん…っ?!」

何で中嶋さんがここにいるのかは分からないけど、目の前にいるのは確かに中嶋さんで。夢なんかじゃない、本物の中嶋さんだ。
つい大きな声を上げてしまうと、うるさい、と額を小突かれた。

「あいたっ! もう、何するんですか…っ」

ぷぅ、と頬を膨らませて口唇を尖らせると、「仕事中に寝ている奴に言われたくないな、伊藤啓太学生会会長」なんて、冷たく言われてしまう。

「…っ、それは…」

ずっと一人で作業してたから…ちょっとだけ飽きちゃって、うとうとしちゃったんだ。
でも、王様に推薦されて会長になったっていうのに、そんな事じゃダメなんだよな。ただでさえ役不足なのに…。

「……すみません…」

しゅんと項垂れると、中嶋さんに軽いため息をつかれてしまった。呆れられてしまったのかとびくりとしながら中嶋さんを見上げれば、仕事をしてた時によく見ていた真面目な表情をしていて。

「…まぁ、いい。それで仕事は終わったのか?」

俺の手から書類を取り上げて目を通す。
部外者には決して見せてはいけないものだけど、先々月までこの仕事をしていた中嶋さんなら誰も文句は言わないし、言えないだろう。

「えっと…チェックは終わってますから、あとは会長の承認印を押して終わりです」
「なら、さっさと承認印を押せ」

バサリと書類を返され、「それから、そこが間違っているぞ」と指摘までされてしまった。ちょっと見ただけで気付いちゃう辺り、さすがは中嶋さんだ。

「あっ、本当だ…」

見直した筈なのに数字が違っている。このまま出していたら、西園寺さんにやり直しを言い渡されていただろう。
言われた通りに修正して、ポンポンと軽快に判子を押していく。

「……よしっ!」

ミスがないかをもう一度確認して、ファイルに綴じてから机の引き出しの二段目にしまう。
学生会室を空ける時にはもちろん部屋に鍵をかけていくけど、一応念のために引き出しにも鍵をかけるようにしている。盗られたら困るものだしね。

「終わりまし…た。…えと、中嶋さん…?」

顔を上げると、ずっと俺を見ていたらしい中嶋さんと目が合った。中嶋さんに見られていた―――ただそれだけで顔が熱くなる。何でもない事の筈なのに。

「少しは会長らしくなったじゃないか」

引き継いだ時はどうなるかと思っていたがな。
くしゃりと髪を撫でられて嬉しくなる。その目が優しげな色をしているから、もっと嬉しくなって…それでいて、少しだけ気恥ずかしい。
久しぶりに会った中嶋さんは前よりもずっと優しい気がする。俺をこんなにも夢中に…好きにさせて、どうするんですか。

「中嶋さんにそう言ってもらえると…嬉しいです」

中嶋さんが素直に人を褒める人じゃないのを知ってるから、ちょっとだけ裏がありそうで怖いけど。でも本当に褒めてくれてるんだとしたら、それは何よりも誇らしい。
中嶋さんに髪を撫でられたまま、ぽつりと呟く。

「少しは……あなたに近づけてるといいんですけど」

不純な動機だけど、王様の後を継いで学生会の会長なんて大役を務めようと思ったのも、少しでも中嶋さんに近づきたかったからだ。
もちろん、この学園が好きだからっていうのもあった。中嶋さんが王様と一緒に作り上げていった学生会を、俺がその後を引き継げたらどんなにいいだろうって。

でも一番は、いつも先を行くあなたに少しでも追い付いて、中嶋さんの横にいるのに相応しい人間になりたかったから。
進むのを止めてしまったら、中嶋さんは二度と俺を見てくれない気がするから。歩いて追い付かないのなら、走ってでも追いかけていかないと。

「さぁ、どうだろうな」

中嶋さんからの返事は冷たい。
でも、その表情はとても柔らかいから、少しは近づけてると思ってもいいん…ですよね?自惚れ過ぎかな。

「あっ、歳だけは一つ近づきましたけどね」
「……ああ、そういえばそうだったな」

なんだ。やっぱり俺の誕生日を祝う為に来てくれた訳じゃないんだ…。
今思い出したような口振りに、心の中でがっくりする。
せめて『おめでとう』の一言くらい言ってくれてもいいのに。

――まぁ、相手が中嶋さんじゃ…無理なんだろうけど。

たまたまだとしても、今日来てくれた幸運を喜ばなくちゃ…。
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