理想の恋人

□プロローグ
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「海翔様がそう望まれるのでしたら、婚約は解消させていただきます。元々、私は海翔様に不釣り合いでした。こんな醜男ではなくそちらのお美しい方とお付き合いなさるのでしたら、実家にはそう伝えさせていただきます」


僕がそう口にすると真殿海翔(マドノカイト)様はあまり動揺することなく、けれど少しだけ目を見開いた。

確かに僕と海翔様は幼い頃から親によって結婚を約束され、付き合いは長い。

海翔様は見目麗しく、大企業の社長息子。対して、僕はその支社長の息子で痩せていた時期など無い醜男だった。
幼い頃はコロコロとして可愛らしい、安産型などと言われていたが高校生となった今では自他ともに認めるただのデブだ。

しかし、力関係は明白な彼には逆らうわけにもいかず、男の嫁になるのに相応しいマシな容姿になるためにケアは欠かさず、女の様に化粧品を使い、髪も痛ませないようにしてきた。

それも全て高槻玲央(タカツキレオ)が転入してくるまでの話だ。

彼はこの学園の理事長の甥らしい。
全体的に行動はどんくさく、頭もあまり良くは無さそうな彼は性格と容姿が良く、海翔様は彼と出会ってあっさりと彼に落ちてしまった。

もしかしたら、性格と容姿があまり良くない僕に辟易していたのかもしれない。


「……そうか。実家には俺から連絡する。大丈夫だ。お前に不利な嘘を吐くようなことはしないと誓う」

「そうですか。分かりました」


あっさりとした返答に僕は拍子抜けする。

口うるさくしたことは無かった。僕から彼に対して愛情は無い。あるのは責任と惰性だけだ。

彼と結婚して彼の子を孕む。
そうして次の世代を育むことを小さい頃から期待されてきた。

同性間で子どもが作れる技術が確立されてからもこの国では同性婚は一般的では無かった。

もともと、男女で結婚出産すればいいのだ。

わざわざ同性とそういうことをするのはそこに愛があるからでしかない。
そんな認識のこの国で、お家事情で同性同士が許嫁になるのはやはり無理だったのだろう。

全寮制の男子校であるこの月宮学園では同性愛は珍しい事では無い。
それでも卒業して結婚までたどり着くカップルはどれくらいだろうか、と海翔様と高槻を見て思う。

親の意向と僕の面子を潰したのだからつまらない結末は迎えないでほしい。それだけだ。

踵を返して、僕は海翔様の下から去った。

海翔様は三年生で高槻は僕と同じ一年生。
海翔様とはこの先一生部下として付き合うことになるし、高槻とは少なくとも三年は一緒に過ごすことになる。

そのことを思って、僕は海翔様と高槻が付き合うことに反対はしなかった。

初めは妙に敵視されたりもしたが僕にメリットは無い。

暫く歩いてから、僕は近場のベンチに座った。
俯いて、そして深くため息を吐いた。

やっと、つまらない、小さな事件から解放された。ひどく疲れた気がする。


「大丈夫?」


不意に、頭上から声が降って来た。

俯いて座っていたせいで病人に見えたのかもしれない。そうでもなければわざわざ僕みたいなデブに声を掛けるヤツなんてこの学校にはいないだろう。

僕はすぐに顔を上げた。


「あ、はい。別に具合が悪いわけでは……」


そこにいたのは見覚えのない美形だった。


「良かった。泣いてるのかと思った」

「は?」


黒髪に黒ぶち眼鏡の少し野暮ったい雰囲気の男はそれでも見目が良いと分かる。
濃い色の瞳が優し気に細まる。


「君、生徒会長の元恋人だろ。決着を着けて傷心中なのかと思って」

「……恋人だってことなんてありませんよ」


そう、恋人だったことなんて無い。
親が決めただけのただの許嫁だ。

愛されたことなんて無い。


「そうなの? でも、多少は未練とか……」

「あはは、全然そんなの無いですよ。だって、僕フツーにノンケだもん。将来的に支社長になるのに社長と結婚とか無くない?」

「一方的に振られたのに悔しく無いの?」

「僕みたいなデブは真っ当な恋なんて望まないんですよ。将来的にお金を手に入れてソレを払ってキャバクラとかで若い女の子に商売でチヤホヤされればソレがベストで……」

「そっか。じゃあ、もう真殿に未練はないんだ?」


男は何故か少しだけ声を弾ませた。
僕はそれを不思議に思いつつも会話を続ける。


「ありませんよ。こうなったらこの先は自力で生きる方がベターです。まぁ親同士の仲がこのせいで悪くなることは恐らくありませんし、今回はむしろ向こうが謝ってきそうな案件ですし」

「良かった。じゃあ、僕に付け込む隙はあるんだね、日高天彦(ヒダカタカヒコ)くん」

「……誰ですか、貴方」


急な申し出に僕は眉間に皺を寄せた。
どうせ許嫁を盗られた僕を嗤いに来たのだろうと思って相手をしていたが、様子がおかしい。


「僕は3年の鴻上啓介(コウガミケイスケ)。この学園では誰ってことは無い程度の存在だけど、君に一目惚れしたんだ。これを期に君にアプローチを掛けたいと思う。よろしく」





「は?」










END

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