理想の恋人

□第1話
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日高が鴻上に乗り換えたという噂は何故か翌日には学園内に響き渡った。
昨日の現場を見ていた誰かがさっそくベラベラと面白おかしく話し回ったのか、もしかしたら鴻上自身が何らかの策略のつもりで宣言でもしたのか。ともかく、日高にとっては朝から無遠慮な視線が突き刺さる鬱陶しいことこの上ない状況だった。

日高には友達と呼べる友達はいない。

この学園へ入った時には既に日高は真殿の婚約者であり、真殿はこの学園のスーパースター生徒会長だった。入学前から知れ渡っていた日高の存在は入学してその姿を晒した瞬間から疎まれえることは決定していた。

骨太で丸顔。デブ故に肌艶は良いが全体を見ると日高は真殿に相応しい美人ではない。真殿のためにしてきた努力はこの学園に来て全くの無意味だったという事が証明された。
この学園には男でも美しい輩が大量にいた。

どんなに運動をしても、食事を控えても日高の体系は変わらなかった。
ヘタに体重が落ちると肩など間接の骨太さが際立ってしまうため少しぽっちゃりしているくらいの方が可愛らしいくらいだ。

その程度の美しさはこの学園においては中の下程度のものだ。

真殿の婚約者と聞いてどんな才色兼備が現れるかと思ったこの学園の生徒たちは日高を見てとてもがっかりした。
日高にとってそれは酷く身勝手な期待であるが真殿は学園のスターであり、彼と結ばれる者は彼に相応しい者でなければならない。更に真殿自身が日高に苦手意識を持っていたのも禍いした。

日高はこの学園の中で孤立無援で生きるしかなかった。

誰の助けも得ずに、独りで、学業と生活を熟すことはそう難しい事でなかった。
自分のことは自分でする。ミスをしないことに全力を掛けて、時起こる嫌がらせなどは出来るだけ避けて穏便に済ませる。

そんな日高の澄ました態度がまた反感を買う要素でもあったが弱みを見せても味方などできない事は分かっていた。

真殿は日高を助けない。

幼い頃は仲良くしていたが、小学校の中学年頃から真殿は日高を避け始めた。何故かは当時の日高には分からなったし、今となってはその頃やっと3つも年下の同性が許嫁というのに反感を覚えたのかもしれないと想像は付く。

そうして親に決められたままに進んだ真殿と同じ進路は、周囲や真殿からしたら鬱陶しい許嫁が擦り寄って来た様に感じたのだろう。

日高の気持ちがどうであれ、そう見えてしまうものは仕方が無い。

存在しない友人の助けも真殿の助けも期待できない状況で、日高は深くため息を吐いた。

今までと何も変わらない。
いつも通りの孤立無援。
そこに嘲笑の視線が増えた所で何も変わらない。

自分の位置は変わらず真殿の腰巾着で、婚約者でなくなったからと言って自分を大々的にいじめる様なことをすれば親同士のなんやかんやでデメリットがあるのはいじめた側。その事実さえあれば日高はこの学園でギリギリ生きていける。

そう思い、独りで教室の机で持参した弁当を開けていた時だった。


「日高! 一緒にメシ食おうぜ!」

「は?」


自分史上最高に間の抜けた声が出たと後に日高は思い返す。
その声の主は鴻上のもので、3年生がわざわざ1年の教室に来るなんてこの学園においては結構な大事だった。


「だから、飯。一緒に食って良い?」

「……。よくないです。自分の教室に戻ってください」

「何で? ここだと目立つから? 大丈夫、俺ら今もう噂の的だからどこ行っても目立つよ?」

「では猶更その二人が一緒にいては悪目立ちするでしょう。お引き取りを」

「ねーねー、此処の席使っていいー?」

「あ、はいっ……」

「ちょっと……!?」


ずかずかと教室に入ってきて、鴻上は日高の前の机を周囲に断りつつも勝手に借りる。


「もう最悪な状況なんだからこれ以上悪くはなんねぇだろ?」

「爽やかな笑顔で少年漫画みたいなこと言ってますけど、貴方の存在が今の僕にとって最悪なんですが」

「まぁまぁ」


日高が一切動かないのをいいことに鴻上は机をくっつけ持参したパンとブリックパックを開け始めた。
周囲は日高の助けにはならない処か好奇の視線をぶつけてくる。

日高には敵が増えたとしか思えなかった。


「……では、どうぞご勝手に」


憮然とした表情の日高に構わず、鴻上はニコニコとしていた。


「……」

「……」

「……」


無言で弁当を食べ進める日高を微笑みを浮かべながら鴻上はジッと見ている。当然日高は居心地の悪い思いしかせず、懐疑心が深まる。
いったいこの男は何なんだ、と。


「日高」

「何ですか?」

「デザート食う?」

「は?」


日高が弁当を食べ終えたのを見計らい、鴻上は持参していた袋からカップデザートを取り出した。


「プリンとハチミツヨーグルトどっちが好き?」

「どっちも好きですけど……」


どうやって調べたのか、鴻上が持ってきたのは日高の好きな製品であり、日高は素直にそう応えた。
すると鴻上は更に笑みを深くしてニコニコする。

「じゃあ両方ともどーぞ」

「……いりません。何なんですか」


日高には鴻上が何を考えているのか全く分からなかった。餌付けをすれば警戒心が薄れるとでも思っているのならバカバカしいと眉間に皺を寄せる。


「何、って俺は日高がものを食ってるのを見るのが好きだから。まだ慣れないから美味しそうにしてる表情を見せてはもらえないだろうけど、だんだん慣れたら見たいなって思うよ」

「はぁ……」

「だから今はとりあえず好きなものを食べてるとこがみたい。そんな理由だよ。好きな子の可愛い姿を見たいのは男として当然だろ?」

「……」


好き、という言葉に日高と、そしてクラスメイトが少し驚く。
そうだとは聞いていたがこの状況で真っ向から好意をぶつけるのは勇気のいる行動だろう。日高の拒絶は火を見るよりも明らかで、その上で関わっていくのは愚かとしか言えないからだ。


「……」

「な? 食ってくれよ?」

「……」


日高は盛大にため息を吐いた。
この衆人環視の中で、アプローチをしかけてくる鴻上の大胆さと、周囲の人間の好奇の視線に頭が痛くなる。

そして、こうなってくると目の前の好物を食べても食べなくても今日のことは校内に広まるだろう。


「分かりました。ではありがたくいただかせてもらいます。しかし、いっこだけでいいです。食べ過ぎは身体によくありませんから」

「うん」


ニコニコする鴻上からヨーグルトを受け取り、日高は再び深いため息を吐いた。





to be continue…

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