理想の恋人

□第3話
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初めてキスをしてから、日高と鴻上はたびたびそういった触れ合いをする様になった。
触れ合うだけの柔らかなものや、食らい合うような、貪り合う様な激しいキスの合間に少しだけ鴻上が日高の身体に触れる。
日高から鴻上に触れることはほとんど無いが、鴻上を拒むこともまた無かった。

そんな二人の雰囲気の変化はいつの間にか周囲にも知るところとなっていた。

真殿にフラれた尻軽がそこそこの男をたぶらかしたらしい、と。
鴻上に乗り換えたという噂は以前からあったが今はそこに下卑た尾ひれが付いている。

真殿の婚約者としてこの学園に来た時から、日高はこの手の悪口は散々言われてきた。真殿から離れようと離れまいと同じように、日高には嫉妬や憎悪の念を送られてくる。
今更それに対してどう思うことも無かった。

暇な連中が暇を持て余して時間を無駄にしているという感想しか日高には浮かばない。

憎悪にまみれつつただ過ぎる日々から真殿が消え、代わりに鴻上が寄り添うようになった。それだけだった。
双方とも噂を何とかしようとする気は無いらしい。恐らくもう自分たちの手には負えないものだと理解しているのだろう。
それでも、傍で好意を示してくる分、鴻上は日高にとって真殿よりも心地良い存在だった。

以前は嵐の中を一人で立っているだけだったが、鴻上と在る今は凪いだ水中で外の騒音を眺めている様な気分だった。
学園の噂など当事者は誰も気にしない、と思っていた日高だったが、一人だけ気にする者がいた。


「おい、日高。ちょっと話があるんだけど」

「……」


真殿の新しい恋人、高槻玲央だった。
放課後すぐの教室に現われた高槻は周りの好奇の視線も気にせずに日高に話しかけた。

日高が少し面倒くさそうに視線を遣っても気にしてないのか気付いて無いのか言葉をつづけた。


「ちょっとどっかで話そうぜ? できれば二人きりが良いんだけど、俺の部屋かお前の部屋でどうだ?」

「何の用です?」

「だから、話しがあるんだよ」

「僕には無いのですが。此処で言えない類で? それとも海翔様のことで何か?」

「いや、お前の事」

「……」


会話をしてみて、高槻の悪意がある様には見えなかった。
少し乱暴な口調ではあるが元からのものだろう。日高はわざとらしく大きな溜息を吐いて席を立った。


「分かりました。僕の部屋で良いですか?」

「おうっ!」


日高が了承すると高槻は元気よく返事をした。

二人で寮へと歩きながらも特に会話をすることは無い。
互いの面識はあるものの、顔を合わせたのも話をしたのも1回のみでそれも一言二言の会話と言えるかも怪しいものだ。

高槻が転校してきた当初は彼は謎の変装をしており、もっさりとした長い前髪に瓶底眼鏡というお世辞にも外見に気を遣っているとは言えない、それどころか敢えてダサい恰好をしているとすら思える容姿だった。
実際に、高槻は敢えてその格好をしていたが、真殿に相応しくあるように最低限見た目に気を遣っていた日高からしたら高槻は理解できない生き物であった。

そして、そんな高槻は真殿と自称運命的な大恋愛の末に結ばれた。
恐らくその大恋愛の敵役は日高だったのだろうと思うとげんなりする。そして、その大恋愛の半ばで真殿のために変装をやめた高槻は美少年であり周囲に段々と認められつつある途中だ。

そんな二人はお互いに干渉しあうことなく過ごしてきた。高槻が何故いま日高に接触してきたのかは分からない。
不審に思いつつ今更攻撃してくることもないだろうとも思えるので素直に話だけは聞いてみるつもりではあるけれども。

部屋に着いて、日高は真殿を中へと入れる。一応、道中は警戒していたが徒労に終わった。


「コーヒー? それとも紅茶?」

「あ、コーヒーで」

「了解」


高槻は遠慮せずにソファに座る。遠慮されても困るがそこそこに長い話になるのだろうと思うと日高はまた溜め息を吐きたくなった。


「どうぞ。で、話って何ですか?」

「お前と鴻上の噂についてなんだけど……」

「まぁ大体事実ですね」

「……」


なんて事も無いことだとでも言いた気な日高の物言いに高槻は閉口した。
実際、高槻が来てからは高槻が噂の的であったが、それまでずっと日高が誹謗中傷を受けていた。日高にとって今更他人の噂など意味は無く、ソレをわざわざ気にして詳細を聞きに来る高槻が何を問題視しているのかも分からなかった。


「鴻上先輩と僕の噂が本当だとして、君に何かあります?」

「なっ、そんなの……心配しちゃいけないのかよ!?」

「……君に心配される筋合いが無いのですが」


高槻にとっての日高とはただの恋敵であり、真殿と恋人になれた今、高槻と日高は他人のはずだ。


「あのなぁ……別に俺達、喧嘩したとかそういうワケじゃないだろ? 確かに、お前と海翔のことはちょっとは悪いことしたと思ってる。でもお前らだって好き合ってはいなかった、そうだろ?」

「そうですね。全ては家が決めたことです。僕も気にしていません」

「だから俺もわざわざお前のことは彼氏の元カレだとは思わない事にした。だったら多少なりとも関わったお前は知り合い、もしくは友達だ。見知った奴の悪い噂聞いたら普通心配するだろ」

「……」


今度は日高が高槻の物言いに黙り込む番だった。

高槻の言い分は分からないことは無かった。偏に高槻がさっぱりした性格の優しい人間であるために、過去のことは横に置いて日高を心配しているのだと。
その真っ直ぐさに真殿が魅かれたのも分かっているが、ひねくれた日高には簡単に受け入れられなかった。


「そうですね……。お節介焼きもここに極まれりと言いますか」

「……」

「で、僕と鴻上先輩の噂が本当で君はどうするんです?」

「それは、別に、お前らが好き合ってんなら止めねぇよ。もしも鴻上って奴に何かされてんなら助けたいと思ったけど」

「なら、問題はありませんね。別に脅されたりなんてしてませんよ。正真正銘、海翔様に振られた僕がそこそこの鴻上に乗り換えたってだけです」


コレで話は終わりだ、と日高は空になったコーヒーカップを机に置いて椅子から立ち上がる。


「アンタはそれでいいのか?」

「何がです?」


高槻は座ったまま、日高を見つめる。
その真っ直ぐな視線に射抜かれ、日高は少しだけ居心地の悪い気分になった。


「勝手な噂流されて、相手は我関せずなことだよ」

「……」


しかし、その唇から紡がれた言葉は日高の心に届くようなものでは無かった。


「別に、他人なんてどうでもいいですよ。噂なんて海翔様の婚約者だった頃から散々ありました。海翔様も鴻上先輩も他人の心を意のままに操るなんてことはできません。言いたい奴には言わせておくしかないんですよ」

「でもっ」

「貴方は認められて良かったですね? 残念ですが、僕には取る鬘も眼鏡も無いんですよ。ダイエットしても多少ごつくなる程度です。だったらこの体系で肌艶を良くした方がマシです。コレはコレでモノ好きには好評ですし?」

「それでいいのか?」

「えぇ、これでいいんです」


日高は表情を変えずに頷けば高槻はまだ納得はしていないという表情で、しかし諦めた様にため息を吐いた。


「分かった。そういう事ならアンタに言うことはもうない。時間取らせて悪かった。コーヒーありがと、旨かった」

「はは、インスタントですよ。メーカー教えましょうか?」






to be continue…



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