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□第二楽章:小即興曲T
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五月初旬―――
花弁を散らせていた桜の木は何処へ行ったのだろうか、緑色の若葉が芽を生やし、初夏の香りを告げていた。
帝都に来て、四回目の夏を迎えようとしている。
マリア
『次の聖女…どうしよう。』
先の見えない使命に、心のどこかで怯えている自分が居る。
悟司は、いつもそう感じていた。
…そして、コッピアのこと。
愛実が、この学院から消去された今、悟司はまたコッピアを持たない、浮遊生となった。
一播先生がせっかく用意してくれたというのになんだかとても申し訳ない気持ちになる。
気だるそうに荷物をまとめると、先に出て行った一播先生を足早に追いかけて行った。
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「母上……父上……私は、私は寂しいです」
しくしくと身体を丸めて泣く。
既に居ない母と父への愛情に飢えていたのだろう…私は
愛情が欲しいと。
偽りの愛でもいい。上辺だけの愛でもいい。私を愛してください...
そうしなければ、私は心が死んでしまう。
嗚呼、愛が欲しい…
どうして私はこんなにも軽蔑され、偏見されて生きているのだろうか……
私だって立派な人間なのに…………
人間なのに…………
しくしくしくしく………
暗がりの小さな空間で、独りでずっと泣き続けていた少女が居たのは、9031時間前のこと…
今その箱を開ければ、彼女は居るでしょうか?
それは、誰も知りません。
エデンの園、イヴの生涯。ノアの箱舟は我らに何を問いかけたのか。
いかなる事実はすべて書に刻まれております。お客様。
書に刻まれている事が事実ならば、彼女もまた事実の上に存在する史実…。
どうか静かに、箱を開けてください。
その中に居るのは悪魔か少女か
すべては、あなたしか知らないのです。
それではまた、赤い世界の観賞会をおこなうとでもしましょう。
すべては、聖母の為に。
悪しき世よ、我は汝に頼まじ…
ククッ…………