Memoria

□61:未知なる10年後
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シュ、シュ…
オレンジ色の髪に、黒い漆塗りの櫛が通っていく。
紅葉は正座したまま、
大人しく髪が梳かされていた。
櫛を持つのは静香。
親子が揃って、穏やかな時間を過ごすのは初めてのことだった。
リング争奪戦が始まった直後よりも伸びた髪はもう背中についている。
普通1週間ではここまでは伸びない。





(覚醒の体質変化による、急激な体の成長の一環…か)





髪が急激に伸びる。
爪が伸びやすくなる。
体のどこかに急激な成長がみられるようになるのが覚醒だ。
体の内なるリミッターを外すことで、
体内に宿る力を、解放する。
しかし、解放した直後は自らの意思でコントロールしきれず、
力が体内に行き渡らされて、急激な体質変化を起こす。
髪が伸びたのは、これが影響しているのだろう。










「綺麗なオレンジね…昔と変わらず」










静香が優しくなでた。
紅葉はどきりとしたように肩をすくませた。
相手が母親だとわかってはいるけれど、
何分にも10年以上会っていなかったからかどうにもくすぐったい。
上でクスクスと静香が笑う声がした。









「まぁ、久しぶりに会ってもお母さんなんて実感ないわね」
「………」









死んだと思っていた。
それは拭えない事実だ。
紅葉も紅星もそう思っていた。
秘密裏に助けられた彼女はこうして生きて、自分の前にいる。
静香の手が、紅葉の髪に触れる。
そして、首裏から三つにして編み始めた。
大きな三つ編みがそこに出来上がる。












「…三つ編み?」
「ええ。これなら髪の毛邪魔にならないでしょう?嫌だった?」
「いえ…確かに纏まってて、楽です」













紅葉は後ろに触れた。
オレンジの髪は三つ編みにされて、首をゆすっても髪がまとわりつかずにいい。
紅葉は「ありがとうございます」と笑っていった。


静香はふふと笑った。
親子らしくない距離感だが、
仕方がないのかもしれない。
紅葉も静香も紅星も。
長い時間が空きすぎたのだから。










「……しず…お母さん」
「なぁに?」
「俺はあの時、死んでもいいって本気で思っていました」











戦いに生き、
戦いに死に、
全ては己が掲げた忠義のみに。
本気でそう思っていたし、そうあるべきだと考えていた。









「……でも、いるんですね。
俺を大切に思ってくれる人たちが」










紅葉は静かに微笑んだ。
その言葉には滲み出る優しさに、静香は目を見開いた。
これまでなら、
忠義のみに生きたのだろう。
今の彼女を見るとそんな心配はない。
XANXUSが紅葉に渡した愛。
葉夜達との友情。
ツナ達から与えられる仲間のぬくもり。
その全てが紅葉を変えた。












「それに、俺にはちゃんと"家族"がいてくれたんです」
「……そうね」
「父さんに、母さん。椛に、赤月叔父さんに瑠璃叔母さん…
俺はたくさんの人に守られて生きてる」













守られている、
そう自覚するものほど難しいものはない。
紅葉は笑った。
なまじ強くなると守られていることを忘れそうになってしまう。
だが、大地は忘れてはいけないのだ。
大地とは誰かを守る存在であり、
流風・大海・大空に守られている。













「それがわかれば十分よ」













静香はそういって笑った。
その笑顔は娘の成長を喜ぶ母親の姿。
紅葉はその姿を見ると立ち上がった。
静香は目を見開いて、それを見た。
とたとたと畳の上を歩き、襖の前につくと一度足を止めた。














「ありがとうございました」
「…行くの?」
「はい。俺と葉夜は他の隊員よりも先に無償奉仕を始めねばなりませんので」















紅葉はそう言い切ると、
襖を開けて部屋を出て行った。
すると廊下の端から紅星が歩いてくるのが見えた。
紅星は紅葉を見ると目を見開いた。
「もう、行くのか?」と聞く。
紅葉は頷いた。










「俺には仕事がありますから」
「無償奉仕、か?」
「はい」











しばらくの間。
紅葉達はボンゴレからの勅命においては報酬は支払われない。
(もちろん、外からの依頼には報酬がつく)
事件のことを反省し、
これからはボンゴレのより一層の繁栄のために尽くす。
その意思を示すための無償奉仕だ。
ヴァリアーを守るためには紅葉が率先してやるというのは必要なことだ。
いくらXANXUSたちの体が治って来たとはいえ、まだまだ無理は禁物だ。









「あ、次はいつ帰ってくるんだ?
今度は一緒にご飯食べたいなと思ってな」
「…………未定です」
「……え?」
「このまま、5つの任務を連続でやってきますので。
最低でも2週間は戻りません。
戻っても謹慎が解けたヴァリアーの新体制準備がありますので」
「……うそでしょ」
「本当ですよ」










親子の時間を取りたいと思っていた。
右京家の膿、腐れをすべて取り除き、せっかく羽を伸ばして親子の時間が作れると思っていたのに。
まさか、そこまで無料奉仕が入っているとは。
いや、もちろん平常のヴァリアーの任務だってあるのかもしれないが。
謹慎の幹部に代わって、葉夜と一緒に任務をしなければならないのだろう。










「しばらくは日本を離れて任務ですよ」











肩にかかった竹刀入れをかけ直す。
紅葉は紅星の隣を通り過ぎる。

全ては、XANXUSのため。
そしてボンゴレに仕えると決めた自分の意思のために。














「いってきます、お父さん、お母さん」














紅葉はそういうと玄関へ向かった。
廊下からはまったくの足音もしない。
静かな呼吸に紅星は目を見開いた。
その後ろに静香がやってきて、歩いていくわが子の背中を見つめた。









「……子供ってちょっと見ないとすごく成長するんだな」
「あら。今更?
女の子のお父さん離れは早いわよ」
「やめてくれ。俺は紅葉と一緒にいられた時間ものすごく短いんだから」









紅星は顔を青ざめさせた。
それをみて、静香はくすくすと笑った。

















「あ、紅葉ちゃん、どこ行くの?」
「今日からボンゴレへの無償奉仕だ。
日本へ次に帰ってくるのは…そうだな、1か月後ぐらいだな」
「そっかぁ…」








玄関で会った椛はシュンと肩を落とした。
紅葉とはこれから本当の家族になれる予定だった。
そして、親睦を深められると。
予想を反して、紅葉は忙しい。
まぁ、ヴァリアーの第2のボスと呼ばれ、ボンゴレの大地の守護者を務める人間だ。
忙しくても仕方がないのかもしれない。











「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーい!」












紅葉は玄関から出て行った。
そして、右京家の門をくぐると葉夜が門に背を預けて立っていた。
「よっ!」と手を上げる。
その様子はとても落ち着いていた。
紅葉はふっと微笑んだ。








「あ、そういえば紅葉」
「何だ?」
「さっき、オレの所に"虹"から連絡があってさ。至急、来てほしいって」
「俺達にか?」
「うん」








葉夜の後ろから、ひょっこりと椿が現れた。
にこりと笑った椿。
この3人が揃ったのは二日ぶりだ。
紅葉と葉夜はそれぞれ、門外顧問から審問を受けていたし、
椿は右京家・上島家・寒家の新体制のために動いていてくれた。











「"虹"が俺達を呼ぶなんて久しぶりだな」
「そうですね…
どうやら至急の用事みたいで…」
「ま、ともかく行ってみようよ」





















61:未知なる10年後























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