作戦隊長と事務局長

□王子と二人
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「攻撃される理由がありませんでしたので、俺が攻撃をする理由がありませんでした」
















初めて会ったとき、
オレはアイツを滅多刺しにした。
真っ赤な髪がまるで、血のようなのに。
緑色の瞳が暖かすぎて、吐き気がしたから。
全てが赤く染まって、
体に大量のナイフが刺さっていたのに、アイツは笑いながら、そういったんだ。













「これくらいなら、死にません」

















ベルはうたたねから、目を開けた。
あぁ、何て居心地の悪い夢だ。
あの後確か、スクアーロが駆け込んできて相当な声で叫んだ。
それを止めたのも、アスナだ。
「大丈夫だから」と言って、当時8歳だったベルを攻撃しようとしたスクアーロと止めた。
実際、誰が見ても重傷だった。
ナイフは体の至る所に刺さり、
辺りがアスナの血で染まるくらい血が流れていたというのに。
痛みを感じていないかのように笑った。

ベルの中では「嫌い」の分類に入れられた。
元々、アスナのような人間は好きではない。
弱いくせに、悲鳴の一つも、抵抗すらしないのは気に入らない。
命乞いでもすれば、面白いというのに。
アスナは全くそういうことをしない。







「ベルフェゴール様、起きられましたか」
「……何しに来たんだよ」








にょきと現れたのは真っ赤な髪。
人が美しいと形容する緑色の右目に、赤と緑と白い肌に映える黒い眼帯。
アスナだった。
全く会いたくなかった人物の登場に、寝起きのベルの機嫌は急落下した。




「る…スクアーロ、作戦隊長から書類を預かりましたので」





今、あだ名で呼ぼうとしただろ。
ベルは言ってやろうかと思ったが、こうしてあだ名で呼んでいるのは周知だ。
仕事と私事を分けているみたいだ。
ベルは起き上がるのもおっくうで、寝たままアスナを見た。
真っ赤な髪の長さはスクアーロよりも長い。
スクアーロが伸ばすはるか昔から、伸ばしていたという話を聞いている。








「あー?スクアーロ?
何だって?」
「さぁ。俺は幹部の皆様の事情には介入いたしませんので。こちらですから、ご確認くださいませ。
スクアーロ作戦隊長なら、夜にはお戻りになりますから」








アスナはそれだけ言うとベルに背を向けた。
そして、ドアへと向かっていく。
無性に、むしゃくしゃする。
あんな夢を見たからか。


―――トンッ


壁に突き刺さった独創的な形をしたナイフ。
アスナは反射で避けると、そのナイフを見た。
こんなナイフを使っているのはヴァリアーの中でたった一人。
というか、この部屋にいるのは今自分とベルだけだ。
ゆっくりと振り向いた。
ベルが「しししっ」と独特な笑いをこぼしながら、ナイフを握っていた。
それが意味するのは一つだけ。
8年前にやられた、スプラッタな"遊び"だ。











「おーじと遊んでよ」
「……申し訳ありませんが、俺も職務がございますし、
何より非戦闘員である俺が貴方の"遊び"なんて退屈ですよ」
「暇つぶしだって」












どーせ、スクアーロは夜なんだろー?
何とも残虐な笑みか。
アスナは書類を抱え直した。
逃げても、逃げなくても殺される。
懐から懐中時計を取り出すと、時間を確認した。
現在午後3時54分。
スクアーロは夜に帰ると言っていただけで、明確な時間はない。
恐らくはスクアーロが帰ってくるまでこの遊びはやめてもらえないだろう。







「………はぁ、隊服新調しなきゃ」







諦めて、アスナは書類を近くのテーブルに置いた。
これから始まる惨劇が安易に想像できて、アスナはため息をついた。
逃げる準備も必要だろう、
だが、それよりもどうやって攻撃を避けようかと思案を巡らせる。

そんな思案する時間すら、与えられないというように、
ベルのナイフがアスナの隣に突き刺さる。
開始の合図だろう。
アスナは考えるより先に、部屋から飛び出した。






「ししっ、頑張って逃げろよー」







ベルの声が背中に聞こえてくる。
アスナは少し声が遠くなった気がしたが、
おそらくベルが立ち止っているからだ。
戦うつもりなんて、毛頭ないし、
逃げ切れる自信もないのだが。

(俺非戦闘員で、事務専門なんだけど。
体力なんてないに等しいんだけど)

アスナはもう足を止めたい気分だったが、後ろに迫ってきた軽快な走る音に寒気を覚えた。
















「ったく、山本のやろ
剣をやらねぇとはどういう了見だ」





スクアーロは苦々しい表情をしながら、空港に着いた。
日本へ行っていたのだ。
XANXUSに代わりに日本の10代目たちに連絡を伝えに行ったのだ。
日本への長期フライトは体をなまらせる。
それに義手の調子が少しおかしかった。
アスナに少し見てもらう必要があるだろう。
荷物を抱えなおして、
スクアーロは不意にポケットの中から写真を取り出した。
小さいころのアスナとスクアーロ。
子供のころに撮ったたった一つだけの写真だ。
見る度に懐かしくなり、罪悪感に苛む。
気にしたところで、何一つ戻ってくるわけではないというのに。





「さぁて、そろそろ帰るかぁ…」





一応、アスナに何か買っていくか。
何がいいか、聞こうと思い携帯を取り出した。
そして、開くと着信が数十件入っていた。
すべてルッスーリアだった。




「…なんだぁ、あのオカマ」




ヴァリアー内で何かあったか。
一応、折り返し電話をかけておくか。
そう思って、ルッスーリアに電話を掛けるとワンコールで出た。









「スクちゃん、大変よ!!
アスナちゃんがっ!!!」




















血だまり、
とはまさかにこのことを言うのだろう。
アスナは真っ赤な髪を、さらに赤く染め上げる程血を浴びていた。
ベルのナイフが大量に体に刺さり、
ワイヤーで斬られた跡があった。
その惨劇に、ヴァリアー内で戦闘に慣れている歴戦の戦士ですら息をのんだ。







「ししっ…あっけねー」







ベルはナイフを弄びながら笑った。
その体や髪にはアスナの返り血が付着していた。
ルッスーリアがアスナに駆け寄って声をかける。
しかし、状況からして怪しい。

誰でもわかる。
これだけ血が流れていれば、死んでいたとしていなければおかしい。














「う゛お゛ぉい!!!」



















スクアーロの声が響いた。
そして、スクアーロは目を見開いた。
血だまり、
そして、血だまりと同じくらい紅いアスナの髪。
いつもは傷一つない肢体には、無数の傷がつけられていた。







「ん、思ったより早かったなー」







ベルはスクアーロを見て、そういった。
スクアーロはベルを意に介す様子もなくすぐにアスナに駆け寄った。
血だまりを踏んだ瞬間に、ピチャと音が鳴り、血の多さがわかる。
アスナは生気の宿らない目を天に向けて、倒れたままだった。




「スクちゃん、アスナちゃんが………」

「寝心地悪ぃだろぉ、そこ」



スクアーロはそういった。
アスナを見下ろしながら、確かにそういった。
そして、アスナの腕をとった。
傷だらけのその腕を。
アスナを引っ張り上げて、顔を近づけた。








「起きろよ、アスナ」

「………ん…」








アスナの目にゆっくりと生気がともる。
ボロボロだった体からは傷が消えている。
「痛い…」といいながらも、ゆっくりと自分に足で立った。
アスナはふらふらしながら、手を伸ばした。
そして、スクアーロに倒れこんだ。









「大丈夫かぁ」
「……んー、完全修復までもう少しかかるかもしれない」










アスナはうとうととしながら、答える。
スクアーロはそんなアスナを横抱きにして持ち上げた。









「ベル、勘違いしてるみてぇだから言っておくがこいつは死なねぇよ」









アスナを抱きしめて、そういった。
そのまま歩いていく。
血が流れ、体力を失ったのだ。
部屋について、寝かせるとぐったりと倒れこんだままだった。
目をつぶられている。


その髪をふと撫でて、
スクアーロはベッドサイドの椅子に腰かけた。








「…悪ぃなぁ、
そばにいてられなかった」









血だまりに倒れているアスナを見たとき、
正直心臓が止まるかと思った。
そのまま、死んでしまうかもしれないという錯覚にすら陥った。
そして、アスナの指が動いたのをかすかにとらえて安堵した。
こうして、心臓が止まらないで寝ているアスナを見ると安心する。

戦わせたくない。
もう2度と、苦しんでほしくない。
あんな思いなど、させたくない。



―――喪失と慟哭。












「ったく、ベルも何度目だぁ?」














アスナは悲鳴を上げなかった。
泣きもしなかった。
絶望もしなかった。
まるで、死ぬことを望んでいるように攻撃されていた。





「……ったく」


















王子と二人










(痛い)
(そりゃ、めったざしだったからなぁ)
(……完治しない)
(時間かかるって自分で言ってたろぉ)




















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