○苦衷アブソルート

□月と孤独
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何故だかはわからない。


時々不意に襲い掛かってくる、

激しい不安と…









と孤独













「何泣いてんだ、てめぇ」




あまりに不意を付かれ、
思わずヒッという間の抜けた声が口から漏れてしまった。


こんな時間に
隊舎を出てうろついているものがいるなんて、
まさか居るとは思っていなかったものだから、
私は人目も気にせず、
一人屋根の上で感傷に浸っていたのだった。


ユラユラ歪む、月を見ながら…。








「今何時だと思ってやがる」


振り返らずとも声の主はわかる。

ドスのきいた声、風に揺れる鈴の音、
そして静まり帰った夜の空気すら波立つ…
異様な霊圧…。



「……更木隊長、ナゼコンナトコロニ…!!」

涙が、別の意味で溢れてきた。





涙で渇いた頬が、
我らが隊長のいきなりの登場により
ビリビリと痺れる。
霊圧で気絶してしまう程の雑魚ではない私だが、
それでも隊長と対面すると
まずその圧倒的な力の差に
腹の底から何かがおぞぞと這い上がってくるような感覚に襲われてしまう。



「何時だと思ってんだって、聞いてんだよ…!」

グパッと開かれた口から
ギザギザの歯が覗き、
私は慌てて
「あっ明け方の、さっ三時半、です!!」
と声をあげる。

諸事情により鼻声になってしまっていて、
おまけに声まで裏返ってしまって
大層間抜けな返事となってしまい、

そのせいか隊長の鋭い目が
一層鋭く光った気がした。



ヒイィ…と心の中で叫びながら、
そうだそういえば明日(最早今日となってしまったが)は大事な仕事がある日だったなあと思い出して
更なる悲鳴をあげた。

そんな日の前日に万全の睡眠をとっておかないなんて、
隊員としてあるまじき行為…!



切ラレル………!



凄い形相でドカドカと歩み寄ってくる2mの巨体に、
私はただ固まっていた。

隊長の長い腕はしかし、喜ぶべきことに
彼の刀には伸びることはなく、

そして驚くべきことに、
私の身体をヒョイッと抱き上げた。

予想もしない展開に目を見張る私を
隊長はポイッと自身の膝の上に座らせた。




「たたたたたたたたたたたた隊長」


座らされた膝から伝わる隊長の高い体温に、
恐怖とは別の何かが腹の底から這い上がってきて、
目眩がした。


慌てふためき、直ぐ様退こうとする私の肩を
ぐわし、と隊長の手のひらが引き止めた。


「ひぅっ…」


「まあそんな逃げなくても良いじゃねえか。」



ポンポンと肩を叩かれ、

その子供をあやすような手つきに

初めはガチガチに固まっていた私も、
次第に身体の緊張が解けていった。


どうやら、怒っているわけでも、
取って食うつもりも無いらしい。



私が見上げると、
更木隊長は「なぁ」と口角を上げた。

その仕草で心の緊張も解れ、
私は隊長に体重を預けた。


と同時に、

今まで驚きで引っ込んでいた涙が、
またじわじわと、視界を歪め始めた。


一粒零れ落ちると、
あとはもう、留まることは無い。



次々と溢れ出す、

理由はわからない、


不安、

寂しさ、

孤独。



草鹿副隊長のおかげで子供のお守りには慣れているのか、
更木隊長は慌てる様子もなく、
ただ一定のリズムで私の肩を叩く。


ぽんぽんぽん…、


それで、
自分は子供なのか、とまた悲しくなる。




何故私が十一番隊に配属されたのかは未だに全くわからない。

臆病で、戦闘を得意としないこの私が、
猛く、強く、美しい
更木隊長率いるこの隊に何故居るのか。

要るのか…。



でも一員になったからには、他の隊員に遅れをとりたくないと、
他の隊員達が苦手とする
事務業とか、内職みたいなことを中心に
自分に出来る仕事を必死に探している。



そんな異端な私を
十一番隊の皆は、煙たがるどころか
温かく迎え入れてくれた。



それなのに、


こんな月が明るすぎる夜や、
風の強くふく日、
雨に打たれる帰り道…、


時々不意に襲い掛かってくる、
激しい不安と…






そして…孤独。





本当は、自分なんかいない方が良いんじゃないか、
誰も必要としていないんじゃないかという考えに支配される。


大仕事を控えた前日、今日も、
堪らなく逃げ出したくなって
隊舎を飛び出し、
屋根に登って夜の風に打たれていた。




そこに、貴方が来た。








私には大きすぎる、月。
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