稲妻

□きなこもちチョコってあれチョコと定義していいもの?
1ページ/5ページ


「ねえねえ」

椅子から立ち上がった僕の目の前に、ぴょこんと飛び出して来る赤。
色々積み重ねてしまっていたものがあるにしても、病院送りになる直接の原因である彼と『友達』になるだなんて、人生何が起こるか分からないなあと思う。
別に悪い人じゃないって知ってはいるんだだけど、だからって問題が無いわけじゃない。

「吹雪君吹雪君」

この笑顔。
満面の笑顔程、案外裏で何かえげつないことを考えていたりするから怖い―別に自分のことだからよく分かるとかじゃないんだけど、経験上。

「チョコちょーだいっ☆」

おっと。
その一言で場の空気が凍り付いた。
技で相手を凍らせることはあるけど、自分が被害を受けるとは思わなかった。
というかなんでチョコ?
………あ、バレンタイン?

「あの…それって、バレンタインだから…かな?」
「もっちろん!はい」

答えは聞いてないとばかりに、にゅっと出された手に返すことが出来たのは、何とも重たい沈黙だけだった。

「えっと…バレンタインって確か、女の子が男の子にチョコあげる行事だよね?」
「機械的に説明するとそうみたいだね。でも最近は女の子から女の子にあげるっていうのも普通にあるし」

いやいや僕男だし。
それは―身長だとか童顔だとか気にしてる部分もあるけど。
立派に男として約14年間過ごしてきた筈なんだよ。

「俺吹雪君のこと好きだし。バレンタインが恋愛どうこうって行事だとしても何も問題ないよ!」
「いやでもほら、男が男にチョコって…」
「今時男女差別の考え方は良くないよ?そもそも愛に性別なんて関係ないって言うじゃない」

関係しないとしても今の状況には大有りだと思うのは気のせいだろうか。
恋は一方通行愛は相互たるもの―ってどこかで聞いた気がする言葉の受け売りだけどさ。
というかさっきからこっちの意見聞いてないよね?

「さあ吹雪君、俺にチョコを!どんな大きさでも君の気持ち、受け止めてみせるよ!」
「そんな『パス出して』みたいな感じに言われても困るんだけど!」

もう駄目かもしれない色々なものが。
このまま話していたら頭が痛くなりそうだ。
うっかり誰かに助けを求めそうになったところで気付く。
(…確かに今ドン引きしちゃったけど、これチョコ持ってないの一言で済む話じゃない?)

なんで気付かなかったんだろ。
…やっぱりというかなんというか、彼のペースに飲まれていたから?

「えーっと…悪いけど僕、今チョコ持ってないんだ」

ぱたぱたとポケットを叩く。
ちらっとヒロトの顔を見ると、いつもの人当たりの良い、穏やかな表情に戻っていた。
落ち着いてくれたんだと信じたいところだけど、次の行動が読めないのが彼の真骨頂。
…ジェネシス時代は絶対こんな吹っ飛んだ性格してなかったと思うんだけど。

「…そう、分かった」

ぽつりと一言。
心配も杞憂みたいで良かった、これで収まったかな、とヒロトの横を通り過ぎ―ようとした次の瞬間には、その安堵も一気にひっくり返された。

「………吹雪君」
「…何かな」

奇妙に震えている声に、僅かな悪寒が背筋を駆け抜ける。
恐怖と焦りと誠実さを均等な割合にした心境で、そろりと振り返る。

がしり

「ん?」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ