夢小説

□他愛ない思惑に遊ぶ
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チャイムに応じて自室のドアを開けると、そこに立っていた△△を見ただけで彼女に何があったのかはなんとなく想像できて、あたしは内心でほくそ笑んだ。
どうしたんだと白々しく尋ねると△△は「エダぁ」と情けない声で泣きついてくる。
部屋に招き入れてソファに腰掛けさせ、自分は手近にあった椅子を引き寄せて斜向かいに座った。その間も△△はあーとかうーとか言葉にならない声を出して唸っている。
あたしは愉しい夜の幕開けに薄く笑みを浮かべ、あくまでも落ち着いた風で「どした」と話し出す切っ掛けを作ってやってから煙草に火をつけ吸い込むと、体の右側にある背もたれに腕を乗せて他所へ向けて煙を吐き出した。
△△はまたほんの少し言い淀んだが、一端口火を切れば淀みなく話し始めた。
紫煙はあたしと△△の脇で虚空に溶けていく。



そもそも△△とレヴィは違い過ぎる。相容れない。生きてきた環境も境遇も考え方も全部。
ロックも初めの内こそあいつと衝突したらしいが、中身の伴った口の巧さでレヴィはすっかり御執心だ。
残念な事にこいつはロックほど人を納得させ引き込む技量も器もない。だからレヴィが△△に対して張ってる壁を崩せないし、ロックと似たようなポジションを得たくてもそんなポジションは得られない。
△△は△△であってロックとは違う別の人間なんだから、自分なりの関係を築けばいいんだと今までも諭してきたけど、こうと決めたら思い込むタイプのこいつは堂々巡りのやり取りの末、口ではわかったそうすると助言を受け入れてみるが、またしばらくするとロックがどうだのレヴィがどうだのと愚痴りに来る。
どうしてもあいつのポジションに就きたいらしい。
どう転んでもこっち側の人間にはなれないのが△△だ。どんなにレヴィを理解したくても根っこがあっちの世界で培ったものだから、そんな人間から放たれる言葉はあいつにとって不愉快なノイズでしかない。
レヴィが嫌悪すると同時に羨む空気を△△が吸って吐いて生きてきた事実は、同じ女だからだろうか、あいつにしてみればなおさら看過できないことなんだろう。
△△がしばしば見えない壁を感じることは致し方ないのかもしれない。
どこまでいってもわかりあえねェんだこいつらは。
その点この女はあたしにとって、ロックとはまた違ったイレギュラーさが目を引いた。
バカ正直な奴はこんな街じゃあとても生きていけないというのに、人畜無害だという看板を首から引っさげて締まりのない笑顔でゆらゆらふわふわ、悪意と殺意が跋扈する中それらを擦り抜け、どういうわけか鉛玉で体重を増やすことなく今日までこの土地に生きている。
この街に溶け込んで久しいあたしにとって、△△みたいなぬるま湯で育った奴は懐かしさを覚えて温かい目を向けることができた。
なんでかって、ハイスクールのクラスメイトに必ず一人はいるだろ、こういう奴。
そんで温かい、の前には「ナマ」が入るかもしれないが、そこには小動物に対して抱くような、そんなようなものがある。神なんかクソクラエだが、聖書で謳ってるような、キリストが哀れな民に注ぐものに似た。



壊れたジュークのように続く愚痴と泣き言におざなりな相槌を打ちながらそんなことを考えていたあたしに向かって、△△は「どう思う?」と聞いてくる。

「ああそうだな――。だがそれに関しちゃ△△は悪かねェよ」

「だよね?やっぱわかってくれるのはエダだけだよぉ」

世の女の常に漏れることなく、解決に繋がるような実用的な答えではなく自分の気持ちへの共感を期待している。
話を合わせてやって、そこへちょっと優しさを添えてやれば、相手の気持ちは途端にこちらへ寄ってくる。

「そう気を落とすなって。まぁあたしとしちゃあお前らがくっついたらオモシロかったんだけどさぁ」

話しているうちに感情が高ぶってしまったのか、△△はぐずぐずと泣き出した。

「あんな奴ハナから△△には釣り合わねェんだよ」

「ええ…そうかな…」

しゅんとしてみせる△△は傍目にはそう見えるが、それは果たしてどれ程であろうか。
弱っているときに付け込むことになんら罪悪感はないし、この感情は清廉潔白で恋愛の神に讃えられるようなものではない。(そもそもこいつだってあわよくばと考えているんだからあたしたちの間に何も問題はないはずだ)
ただこいつをめちゃくちゃにしてみたい。
あたしを映す子犬みたいなこの目から涙をボロボロ零させて、弧を描く血色の良いこの唇で許しを請わせて、ロリくさい顔はあたしの手によってどんな風に歪むのかをこの目で見る。暴力教会のクソ尼を舐めてもらっちゃ困るぜ?△△が想像している以上のことをして、その反応を楽しみたい。そんな動機だ。
煙草を箱からもう一本取り出して火を点ける。その仕草をウエットな視線で見つめられているのを感じながら口を開く。

「使い古された言葉だけどさァ、お前にふさわしい奴は他にいるって。な?だからそう泣くなよ」

陳腐だけどこれが一番確実で簡単な方法だ。短くなっていた煙草を灰皿に押し付けた。
そんなあたしに向かって、△△は小さく鼻をすすると小首を傾げて上目遣い。

「他って?」

潤んだ目元に引かれたアイラインは涙で滲む様子もなく初めに描かれたままのスタイルを保っていて、マスカラも落ちることなくしっかりと睫毛にくっついている。おおなんて強力なウォータープルーフ。
こんなちゃっかりしたところも実はなかなか気に入っていたりする。
△△が今まで付き合ってきた奴はこんな手にホイホイ落とされてきたんだろう。

「そうだな――例えば、」

「例えば…?」

△△の湿った頬に手を添えて涙を親指で擦り、からかう時のようないつもの軽い言い草ではなく、低い落ち着いた声で囁く。
まるで空気の流れが止まったかのような沈黙が降りて――

「なーんてな!!」

真剣味を帯びた声から打って変わって口を開けてカカカと笑い、△△の頬をぺちぺちと叩く。

「ンなマヌケ面してる内はツレなんてできねェよ」

「はー?!そっちこそ趣味悪いグラサンしてるくせに」

「お前見る目ねェなあ、これいい値段すんのよ?」

一気に弛緩した空気が部屋を満たす。
あたしは椅子から立ち上がり伸びをして、「飲もうぜ」と告げると答えを聞くまでもなくキッチンへ足を向ける。

「仕方ないなー。付き合いますよ姐さん」

「お前は水道水でいいんだな?あ?」

わざと神経を逆撫でする呼び方と、

「あー泣いたらすっきりした。ありがとエダ」

さっきまで泣いていたのが嘘のような、晴れ晴れとしたと言うよりケロッとした声が聞こえて、あたしはふんと鼻で笑った。
出鱈目なメロディで、アードベグブロヴナンス飲みたいと歌う△△を適当にあしらって安いボトルを取り出す。
駆け引きですらないこんな呑気なやり取りは、記憶の彼方にすっかり忘れ去っていたものだ。平和すぎて気が抜けてしまう。
だが普段対象や第三者の思惑をかいくぐり、思考の先の先を読み裏をかいて絶好の座標点へ導くのに奔走し、ラングレーでも笑顔を纏って縄張り争いや腹の探りあいをしていたあたしにはそれが思いの外心地良いらしく、まるで児戯のやり取りに睡眠時間を削ってまで付き合っている。(こんなあたしらに似合いなのはブロヴナンスではなく安ウイスキーってところだ。)
とはいえそう簡単に手に乗ってやっても面白くない。まだまだこの関係を楽しんでいてもバチは当たらない。ここはまだ堪え時で熟成期間。
ご馳走は宥めて寝かして脂が乗ってから食ったほうが旨いもの。ひらりとかわしてそのくせ期待を持たせておくのも忘れない。自分でも制御不能なほどのぼせ上がってくれるまではお預けだ。
あわよくば利用しようとしている本人の掌の上で飼われてるとわからない内は、お前もまだまだ修行不足だぜ。



他愛ない思惑に遊ぶ


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'12/12/31up

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