夢小説

□すれ違いも時には恋を彩るの
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前々から約束していた日だったから、一日の予定の希望は言っていなかったけど夕方には街に出たかった私は、お洒落をしてミサトさんの家のチャイムを鳴らした。
返事がないから寝ているのかと思ってもう一度鳴らすと、「開いてるからどうぞー」と中から家主の声が聞こえた。
ドアを開けて家に上がると、リビングに急いで身支度を整えるミサトさんがいた。嫌な予感がして恐る恐る尋ねる。

「どこか出かけるの」

「うん、ゴメン。ちょっと仕事があってね」

やっぱり。当たってほしくなかった想像は的中し、私は肩を落とした。

「緊急なの?」

何気なく聞いたのだったけれど、返ってきた返事が私の心をささくれ立たせた。

「そうでもないんだけど。今の内に済ませておきたくて」

え。何それ。別に無理して今行かなくてもいいんだよね。それを、私との約束をなかったことにして仕事に行っちゃうの?どれだけぶりに一緒に過ごせるはずだったのかわかってるの?
最近忙しくて疲れが溜まっているミサトさんを考慮して遠出はせず、散らかったミサトさんの部屋を片付けて、お昼ご飯を一緒に作って、気になっていたDVDを一緒に見て、お腹が空くまで最近できた雑貨屋さんやらを見て回って、夜はちょっといいもの食べに行こうと思っていたのに。
ミサトさんの休日と私のそれが重なるのは久しぶりだから、刺激の少ないスケジュールでも楽しみにしていたのに。私のささやかな計画がパアだよ。全部おじゃん。台無し。白紙になっちゃった。
リビングで呆然と立ち尽くす私をよそに、支度を済ませたミサトさんは忙しそうに玄関へと向かう。

「どうする。うちにいる?」

鍵を探しているのだろう、鞄の中を引っ掻き回しながら顔も上げずに聞かれる。
あなたがいないならいたって仕方ないじゃない!
そんな精一杯の文句を胸の中でぶちまけて、溜息をそっと一つ吐いてから「帰るよ」と仕方なく告げ、玄関を出た。
急ぎの用じゃないなら私を優先してくれたっていいじゃない。久しぶりに一日一緒に過ごせる日だったのに。
忙しい仕事なのをわかっているから不満はなるたけ言わないようにしてきたけれど、それに付け込まれているのかしら。言いたいこと言い合えないカップルって続かないって言うし、これって「片方が我慢しすぎてダメになる」パターンになるんじゃない?
私がどんな風に思っているかなんて言葉にしないと伝わらないし、やっぱり言いたいことは言っていいのかな。
そうは思っても、ミサトさんを困らせたくないという思いはあったから何も言わずに、いってらっしゃいと急ぎ足でエレベーターへと向かう彼女を送り出した。すると、しぼんだ心に追い討ちをかけるようにこちらを振り返りもせずに手を振られて、空しさが湧いて、私はまた一つ溜息を吐いた。
自分の家に戻ってリビングの床に落ち着くと、久しぶりに顔を合わせたのにろくに話も出来なかったことに気付いて落ち込む。

「あーあ。図書館でも行こうかな」

一人でショッピングに行く気にはなれなかった。
友人たちを当たってみることもできたが、どうせ日曜日当日に都合よく空いているなんて人はいないだろうし、連絡をして断られることでより一層寂しさを味わうのも嫌だった。

「おしゃれだってしたのにな」

呟いても慰めてくれるどころか返事をしてくれる人もいない。私は本日数度目の溜息を吐いて、図書館に返却するためにすでに読み終わっていた本を持って家を出た。



図書館で数時間読書をした後、誰もいない家に帰りたくなくて街をぶらついていた。
頭上の空はもう暗くなってきていて、立ち並ぶビル群の向こうに夕日が沈もうとしているところだった。
もう帰ろう。帰ってさきいかをつまみにプレミアムなビール飲んで、面白いテレビでも見て笑おう。笑っていれば、今日のことも水に流せるかもしれないし。
そんな風に思い直して来た道を引き返そうとしたその時、携帯に着信が入った。

「もしもし」

『あ、△△?今家?』

今朝私を裏切っておいて、明るく呑気な声を出すミサトさんに反発したくなる。

「違うけど」

『どこ?迎えに行くから』

ぶっきらぼうに答えるも、ミサトさんはそれを気にすることもなく問いを重ねる。

「駅の近くだけど」

と答えると『じゃあ駅で待ってて。すぐ行くから』と告げて電話が切られた。
なんなのよ。勝手なんだから。
ほんの数十秒前まで許そうとしていたのに、ムラムラとした怒りが湧いてきた。
何の用だか知らないけど、私怒ってるのよ。いつもミサトさんのペースに引き込めると思ったら大間違いなんだから。まあ今日のこと謝ってくれるなら許してあげないでもないけど、出方次第なんだからね。



5分ほど駅のロータリーで待っていると、エンジン音を鳴らしながらルノーが横付けしてきた。

「おまたせ」

運転席の窓が開いてミサトさんが顔を出す。

その大好きなにこやかな顔に、怒っているはずの私の調子が狂いそうになるが、今朝の気持ちを思い出すことで不機嫌な顔を維持させてみせた。

「さ、行くわよ」

ミサトさんは私がシートベルトをつけるのを待ってから車を発進させた。
1時間近く車の中に会話はなかった。私はミサトさんから切り出すまで何も言わないと決めていたし、ミサトさんの方も無理に話そうとはしなかった。
次第に道が混み始め、道を歩く人も増えてくる。浴衣を着ているカップルを見て今日はこの辺で花火大会があったんだと思い出した。
車で一時間以上かかるからスルーしていたけど、もしかしてミサトさん、

「まだ怒ってる?」

「もしかして、このために仕事…」

「ええ、そうよ。ほんとは夜からだったんだけど今日花火大会あること思い出したし、どうせ半日仕事で潰れるなら、花火を一緒に見たかったの。今朝はちゃんと説明しなくてごめんなさい」

驚かせたかったから。そう言って舌を出してみせるミサトさんに、一人で怒っていた自分が恥ずかしくなった。

「出てくるときけっこう苦労したんだけど、たまには息抜きしないとね」

△△に寂しい思いもさせちゃったし、と言うミサトさんの落ち着いた声が心に染み渡った。その時、

ドン。ドドン。

と花火の打ち上がる音が響いた。

「あ」

「あちゃー。間に合わなかったか」

音のした方を見ると、色とりどりの花火が夜空に咲いていた。だけど指定駐車場はまだまだ先で、車の列は徐行でしか動かない。

「ごめん、△△。もう少し早く仕事終わってれば」

「いいよ、これくらい」

だって今夜はずっと一緒にいれるんでしょう?
期待を含ませてはにかんだ私に、運転中のミサトさんは気持ちのこもった短いキスで答えてくれた。


 すれ違いも時には恋を彩るの


***
‘13/01/06
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