夢小説

□ほつれた心を縫い合わせましょう
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今か今かと待ちわびていたところに待ち望んだ玄関のベルが鳴った。
まるで羽でも生えたかのようにそこへ飛んでいった私は、チェーンを外し鍵を回す時間も惜しむ。開け放った扉の向こうにしばらくぶりの恋人を見て破顔し、抱きついた。
同じマンションに住んで頻繁に互いの部屋を行き来しているから、二日顔を見なかっただけで何か物足りない気分になるのだ。


何度目だかわからない使徒の襲来があってから5日。エヴァは無事使徒を倒したものの受けたダメージは大きく、ミサトさんは後処理に追われてようやく今夜ネルフ本部から出ることができた。
いつだったか、エヴァの修復はリツコさんの担当だし、ちゃんと倒して義務は果たしたんだからもう三佐が働くことないんじゃないの、と拗ねてみせたことがあった。
ミサトさんは、それは自分の有能性の証だと軽口を言って飄々としていたが、その夜眠りにつく間際、責任ある立場にいるからこそしっかり責務を果たさないとね、と自分に言い聞かせるように私に話した。
そりゃあ私だってそれくらいのことはわかっているつもりだし、その時はちょっとワガママ言ってみたかっただけだ。そんなミサトさんが頼もしくて好きなのだから。
だけど時々心配になる。その大きなようで小さい背中に必要以上に背負い込みすぎなんじゃないか、と。
私が避難している間ミサトさんは戦ってくれている。作戦部長としての大きなプレッシャーの下で。
私はそんな彼女を守ることもできないまま、ただ避難所で足を抱えて祈るしかできない。それは、もし、エヴァが負けたときはミサトさんの顔を見れないまま、声も聞けないまま、温もりを感じられないまま、無力に死んでしまうということを意味しているというのに。


「おかえり」

ありがとう。また帰ってきてくれて。
重くなりたくないから口にはしない言葉を胸の中で強く響かせる。

「ただいま」

軽やかに告げるその声が懐かしく感じた。

いつもと変わらない声が心地良い。もっと聞かせてほしい。

使徒襲来時は自分の身も危機に瀕しているわけだけど、私が死ぬことよりもミサトさんの身が心配で心配で、胸が潰れてしまいそう。
エヴァが無事に勝利して心配は杞憂に終わっても、しばらくはろくに連絡が取れなかったから、湧き上がる気持ちがいっぱいいっぱいで何も言えず、胸に顔を埋めたまま背中に回す腕に力を込める。
顔を上げない私を察したのか「△△」と名前を呼んで、

「待っててくれてありがとう」

囁いて抱きしめ返してくれる。その言葉に強がりが溶かされていき、やっぱり伝えたくて口を開いた。

「帰ってきてくれてありがと」

くぐもった声はしかし届いたようで、頭に寄せられていた頬の感触が消えたと思えば、そこにキスを落とされた。沈殿していた寂しさが幸せに塗り替えられていく。
それでも、泣いてしまうのはかっこ悪いから潤みかけていた瞳は瞼で隠したままで、今度は顔を上げてもう一度。



――
――――――

カレーライスを満面の笑みで完食して、おかわりまでしてくれたミサトさんは今はソファの背凭れに凭れ、ぼんやりと十字架のペンダントを指先で弄んでいる。

いつだったか、酷く酔っ払った時にお父さんのことを話してくれた。
お酒のせいもあって自棄気味に話していたけれど、言外にもペンダントを見つめる目にも、お父さんのことを嫌いになりきれない、素直に好きと言い切れない複雑な気持ちと、一言では言い表せない深い想いが込められていた。
私はミサトさんよりも背は低いし年下だし、頼りなくてついつい甘えてばかり。こんな私よりも、外見的にも内面的にも包容力のある男の人の方がミサトさんには相応しいんじゃないか、と思うことがある。
男の人に産まれていればよかった。大きな手や広い背中、厚い胸板で小さなミサトさんを守ってあげたい。
戦闘の指揮を取って気丈に振る舞っていても本当は弱いところもある人なのを知っている。安らぎを、安心を与えたい。

隣に腰を下ろして、ペンダントに視線を落としたままのミサトさんに身を寄せた。触れ合った腕がじんわり温かい。

「大丈夫だよ。ミサトさんは十分よくやってるよ」

私は前を向いたまま空気に向かって話し、ミサトさんはペンダントを弄り続けている。

「天国のお父さんも今頃ミサトさんの大活躍ぶりを研究者仲間に自慢してるよ」

「私の父はそんな人じゃないわよ」

ミサトさんの方を向いて言うと、彼女はペンダントから手を離して呟いた。でも私はあえて明るい声で反論する。

「そうかな。男の人って不器用で意地っ張りじゃん。案外ミサトさんとの距離感が掴めなかっただけで、心の中では大切に思ってたんじゃないかな」

押し黙ったままのミサトさんだけど私は続ける。

「私の従姉のお父さん、つまり叔父さんなんだけどね、喧嘩ばかりしてた娘が国際結婚して南米で暮らすって言い出した時に『清々する、いつ出てってくれるんだ?』なんて言ったのよ。だからまた喧嘩になっちゃって」

それから私は、従姉が日本を発つ日も叔父さんは見送りに行かなかったこと、でも叔母さんによるとその日の夜、部屋で一人でアルバムを見て泣いていたこと、孫が産まれてからは従姉とも和解して、テレビ電話が一番の楽しみの孫煩悩に変わったことを話した。

「お父さんってきっとみんなそんなものだよ。それにさ、ミサトさんのお父さんがミサトさんを大切にしてくれていたのは、そのペンダントが証拠でしょう?」

「△△…」

「あ、気に障ったならごめん。ミサトさんのお父さんのこと知ってるわけじゃないのにね」

「違うの。…ありがとね△△」

「わたしはただ思ってたことを言っただけだよ。それでね…、私が一番言いたかったことは、たまには私に甘えちゃいなよ!ってこと。そのために私はいるんだからさ」

「そうね。そうだったわね」

静かに、しっかりと噛みしめるように頷いてくれる。

「お父さんの代わりにはなれないかもしれないけど、私には私の良さがありまっせ」

「ばかね…、そんなのよくわかってるわよ」

私は△△が△△だから好きなのよ。
そう微笑んでミサトさんは私の頬を撫でた。

「背が低いから抱き心地がいいし、年下なのも可愛いし、頼ってもらえるのも嬉しい。なにより、△△がいるから、仕事も頑張れる。守りたいからよ」

「……なーんか、結局私が慰められてるな」

「え?」

「ううん、なんでもない」

誤魔化して笑ってみせると、きょとんとしていたミサトさんも合点がいったようで笑った。

──ミサトさんが帰ってくるところはここにあるんだよ。いつだってカレーとカップラーメン用意して待ってるからね。



ほつれた心を縫い合わせましょう


***
‘13/03/27

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