夢小説

□青に堕ちる
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世界各国のマフィアの支部が集まり、この組織としても重要視しているタイの某街に派遣されている彼女が本部に帰ってくるのは数ヶ月に一度程度で、しかも不定期であるため、△△にとっては思いがけず廊下ですれ違うくらいしか顔を見る機会はなかった。
そんなものだから内勤の△△が彼女―エダと接点を持てる機会も、そもそも元から機会を作る積極性もなく、数年越しで抱いている想いは密かなものでしかなかった。
国に利益をもたらすために直接的な活動をしている彼女は△△にとってとても輝かしく、同時に到底手の届かない存在で、それはこれからも変わらないはずだった。





「ねえあなた。頼みがあるのだけれど」

この日も△△はエダが帰ってきていたことを今の今まで知らずにいた。
突然廊下で呼び掛けられ、振り向いた先に立っていたのが憧れの想い人だとわかると心臓が跳ね上がった。

「は、はいっ。何でしょうか!」

言葉を交わすのは初めてで、どぎまぎしたために声が裏返ってしまったが、エダはそれを気にすることもなく微笑を浮かべた。

「資料室にあるデータが欲しいのだけれど、何せ広いでしょう?探すのを手伝ってもらえたら助かるんだけれど」

もちろん、あなたの手が空いていればの話だけれど。
と付け加えることを忘れないエダに△△の心はまた一つとろけた。

「私でよければ、お手伝いします」
「ありがとう、頼むわ」

夢のようだった。想い続けた人と予期せず言葉を交わせたこと、それだけでなく一緒に歩けることが嬉しくて舞い上がってしまう。振って湧いたような幸運に心が躍る。
△△は浮き足立つと同時にひどく緊張していて、カチコチになった体をいかに自然に見せるかに気を使いながらエダの三歩後ろをついていく。エダと再度面と向かった時のために、髪型が変じゃないかとか襟が裏返ってないかとかそんな些細なことばかりが気になった。

「今更だけど、お手透きだったかしら?」

「あ、はい。大丈夫です」

「よかった。同じ機関とは言え見ず知らずの子に頼むなんて失礼だとは思ったけど、至急なのよ。許してね」

「いえ。お気になさらないでください。そっちの方向へ向かっているところでしたし」


資料室へ着き、エダはカードキーで鍵を開けて重い扉を押し開けた。窓がないため中は暗く、電気を点けて部屋に踏み入る。
紙とインク特有のしなびた匂い。最近の情報はデータ化されているが、古いものはこうして当時のままアナログで残っている。

「あ、この辺にありそうな気が」

△△はエダから聞かされた目的のファイルがありそうな棚を、いくつものそれが立ち並ぶ中から見つけて奥へ入った。

「どこかしら?」
「こっちです」

ファイルの背表紙を目で追いながら応える。
おびただしい数が保管されているため見落とさないよう探すのに集中していたせいで、彼女がすぐ後ろに立っていたことに気付いたのは背後から顔のすぐ横に手を突かれた時だった。
直後は目的の資料を探そうとしているのかと思ったが、そうではないことはすぐにわかった。その手はひしめき合うファイルを追うことはなく、△△を彼女と書棚との間に閉じこめるだけだったから。



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