夢小説
□たぶん愛情のために
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ピザを買って戻ってきた部屋は遮光カーテンを閉め切って換気もしていないため、数日間の行為の残り香が色濃く残っていた。
時計もテレビも処分したこの部屋では時を判断する術は何もない。
時々食事になるものを買いに外へ出た時にだけ、今が昼なのか夜なのかがわかる。
この部屋に閉じ込めたままの△△はきっと、あれからどれだけの時間が経ったのかわかっていないだろう。
でもそれでいい。愛し合うのに今が何時かなんて情報は必要ない。
部屋に踏み入ると女の匂いが体にまとわりついてくる。
なんて甘美な匂いだろう。
ほぼ△△のものであるそれに満たされたこの完璧な空間に、あたしは思わず笑みを浮かべる。
「もうやめて…」
床の上にへたり込んで懇願する彼女は腫れた目をしていた。
「泣いてたのか?」
△△の言葉は無視して問い、濡れた目尻を舐めてやる。
触れた瞬間、△△はびくりと身を竦ませたがあたしは気にしない。
「幸せだろ」
頬に手を添えて黒い瞳を見つめると彼女はあたしから顔を逸らして俯いた。
笑わないなんて、ここまでしてるってのにこれ以上何が足りないってんだろう。
ベッドの縁に腰かけてピザの箱を開け、一切れ取り出して△△の口元に持って行ったが彼女は顔を背けた。
「食わねぇと動けねぇだろ」
気が強いのは気に入っているところの一つだが、頑固なのも玉に瑕だな。
せっかく△△の好きなトッピングにしてきたのに、食べられなかったピザにあたしは苦笑して代わりにかじり付いた。
「ねぇエダ、これ外して」
のんびりとピザを咀嚼するあたしの膝を揺する△△。
これとは彼女の手首にはめた手錠のことを言っているんだろう。それは長い鎖を介してベッドに繋いでいる。
自由に動けるように長くしたのに、彼女は行為の時以外は定位置で膝を抱えているだけだった。
「ダメだ」
「どうして…っ」
「こうすることがお前の幸せになるんだよ。これが一番だろうが」
ぺちぺちと頬を叩いてそう言うとごちゃごちゃと何かを言ってくるが、あたしは受け流してウイスキーの入ったグラスを煽った。
きっかけは些細なことだったように思う。
でも言い換えるなら、以前からグラスには酒を注ぎ続けていて、ついにそこから酒が溢れ出た、そんな自然の現象のような始まりだった。
銃弾が飛んできたりしない、クズな男に声を掛けられたりもしない。非力でか弱い△△はあたしの目の届く範囲で生活していればいい。
ベッドに繋いでいるのは、あたしが仕事でここにいられない時にふらふら出歩いて危険な目に遭うのを防ぐため。
お馬鹿さんな△△はまだこの環境を受け入れられていないみたいだが、実際こうしてみるとこれが何よりも名案だった。
△△が急に姿を見せなくなってシスターは人手が足りないとぼやいていたが、あたしに「△△は元気なのか」なんて聞いてくるあたり理由には気付いているんだろう。
シスターが喋るなんてことはありえないから、レヴィたちには彼女は国に帰ったと丸め込んだ。
残念がる連中に、改めて思ったものだ。
今の内にあたしだけのものにしておいてよかった、と。
ピザ1枚を1人で食べ切れるはずもなく、濃い味にもそろそろ飽きてきた。
そこで、腹は減ってるはずなのに頑なに食べようとしない△△の口をこじ開ける。
口付けて、咀嚼したものを口移しで押し込んだ。
初めこそ嫌がって逃れようとするも、口と鼻を塞いでしまえば最後には飲みこむ。
「うまいか?」
むせて涙を湛えた目がこちらをきっと見つめる。その顔にぞくりとして自然と口端が上がる。
もう一度ピザを口に含んで近付いたら、今度は唇をがりっと噛まれた。
「っ。…行儀が悪いな」
噛まれたところを舐めると血の味がする。どうやら切れたらしい。
と同時に、彼女が視線を逸らしたのが目に入る。
恐らく唇を舐める仕草に反応したんだろう。まったく可愛い奴。
この生活に順応しようとしないのは理解できないが、反抗的な態度を取るくせにあたしをしっかり意識していてそんなところが逆に楽しくもある。
「来いよ」
首輪と手錠に繋がる鎖を引いて△△をベッドの上に引っ張り上げる。
「いや…っ!」
「ヤじゃねぇだろ」
逃げるこいつを後ろから覆いかぶさって動きを封じる。
それでも△△はじたばたして、抵抗されるのも一つの楽しみだが騒ぐ声がうるさい。
「わからねぇ奴には躾が必要だな」
「…ふぁぁっ!」
傍らに放っていた使用済みのストッキングを顔に押し付けると、高い声を漏らした。
「んっ…、んぁっ」
今の今まで暴れていたのが一転、喘ぎながら足を擦り合わせ、衣擦れにすら感じるのかシーツの上で悶える。
パブロフの犬。ちょっとした興味で毎回達する直前にストッキングの匂いを嗅がせていたら、それを与えるだけで愛撫していなくても股を濡らし、恍惚とするようになった。
快感に素直になった彼女を抱きすくめ、唯一身に着けさせていた上下の下着を剥ぎ取った。
――――
―――
――
△△はシーツにくるまりこちらに背を向けていた。
白いシーツから裸の肩が覗いている。距離を縮め、こちらを向かせようと肩を引くも頑なに拒む。
「△△。こっち向けよ」
無反応な背中をしばらく眺めていると、彼女は「好きなのに…」とぽつりと呟き、エダぁ…、とあたしの名を零した。
その声には涙が混じっていて、殺し損ねた泣き声も漏れていて、泣いているのがまるわかり。
でも困ったことに、お前の泣き顔も好きなんだよなぁ。怒った顔も怯えた顔も。全部一人占めしたいし、そんな顔をさせるのはあたしだけでいいって程に。
あたしが好きならなんでわかってくれねェのかねぇ。ガラじゃないにも関わらず、あたしはこんなに愛しちゃってるのに。
考えあぐねたあたしはサングラスを取ってベッドサイドに置く。
その音で私が何をしたか察したのだろう、「△△」とそっと撫でるように名を呼べば彼女はちらりとこちらに視線を寄越す。
この街ではそうそうお披露目しないのだけれど、こいつはあたしの素顔が大好きだからある意味、手懐けるための奥の手みたいなもの。
最大限の優しみを込めて、△△、
「あたしも好きだぜ。お前たった一人だけを」
微笑みも付け足せばまるで健全で完璧な愛の告白。
これに落ちない男、どころか女でさえ未だかつて見たことないし。
あーあーそれ以上目を擦るなって。この部屋には幸せしかないじゃん。
少なくとも、こうしてからお前はあたしのことしか考えてないだろう?
あたしはお前を、お前はあたしを。
互い以外に要るモノなんて何一つないだろ。な、△△。
***
15/02/06