夢小説

□今ここにある幸せを
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嫌な記憶が夢としてよみがえり、私はベッドから飛び起きた。
窓を見やると外は満月。
明るすぎるあの月は過去も鮮やかに映し出してしまうらしい。相変わらずのトラウマに自嘲した。
隣に視線を向けると、△△は私の動揺にも気付かずすやすやと眠っている。
仕事をしている時とは正反対の幼さの残る穏やかな寝顔を眺めていると、徐々に気持ちが凪いでいく気がする。
911が起こった直後は私が再び誰かと共に眠りに就くようになるなんてことは思いもしなかったから、人生どうなるかなんて本当にわからない。
△△の手に手を重ねてみる。小さく滑らかで柔らかくて、暖かい。
私の部隊に所属はしていても人一人殺したことのない手。
自分の生き方に迷いはないけれど、幾人もの人の血で染まった自分の手を△△のものと並べると思ってしまう。
この子には私じゃない人の方が似合うんじゃないか、そこで得られる日々の穏やかな出来事の方が彼女を幸せにしてくれるんじゃないかと。

「んぅ…。…へっくす?」

規則正しかった寝息が寝返りと同時に大きな一呼吸に変わると、それに合わせて△△は瞼をゆっくりと開いた。
重い瞼を薄く持ち上げてこちらを見上げてくる。
無防備な寝ぼけ眼と掠れた声が愛おしい。

「ごめんなさい、起こしちゃったわねぇ」

顔にかかった一房の髪をよけてやり、そっと頭を撫でる。
すると△△はくすぐったそうに笑って私の腰に腕を回し、嬉しそうな表情を浮かべた。

「ん、へーき。どしたの」

「ちょっと月にねぇ」

眠たさからたどたどしく尋ねてくる彼女に、目が覚めた理由を苦笑しながら端的に伝える。
私の言葉に窓へと視線を向けた△△は理由を悟ったようで、そっか、と答えた。
彼女にココ・ヘクマティアルとの因縁を話したのはもう随分前になる。
互いの気持ちが同じだと知って一緒に寝るようになってから、初めて突然飛び起きた真夜中。
驚いて、でも心配してそばにいてくれた彼女だけに、昔話を話して聞かせたのを今でも覚えている。

「お水、飲む?」

起き上がってサイドテーブルのペットボトルを手渡してくれる△△に、ありがとう、と受け取って口を付けた。
数口飲んでテーブルに戻し、目を閉じて一つ長く息を吐く。
やけに不安を感じるのは、幾人もの部下を失ったあの鮮明な記憶のせい。
失いたくない存在。だからこそいっそ私の部隊から去らせて、安全な世界へと送り返した方ががいいのか。
危険と隣り合わせのこの環境よりはずっと安心していられる。
でも今では△△の存在は私にとって大きくなりすぎていて、手放すなんて堪えられない。
だけど今の環境はやっぱり彼女にはふさわしくないんじゃないか。
この先ずっと私といて△△は本当に満足なのだろうか。
思考がループし、すぐには寝付けそうにないなと考えていると「ヘックス」と名を呼ばれた。
△△はベッドに身を横たえてこちらに腕を伸ばしている。
年下で小柄なのにその腕の中は広く見えて、そこに潜り込めば強く抱きしめてくれそうで。
引き寄せられるように私も横になる。
すると、手放すまいとでもいうかのように背中に回された腕できゅっと抱きしめられた。

「大丈夫。心配することなんてないよ」

よしよし、と幼子のように抱かれて頭を撫でられる。
おまけに背中をトントンとされてまるで赤ん坊だ。

「ヘックスが考えてること、なんとなくわかるよ」

それが本当なら、△△はどう思うのだろう。
黙ったままその先を待っていると、彼女は続けた。

「私はヘックスのそばにずっといるからねぇ」

語りかけてくる口調は私のそれを真似したものなのに、それが不思議と不安定な心を解していく。
まどろみの中の睦言のはずなのに大きな安心感を感じる。
体温が高くて子供みたいなのは彼女の方なのに、こうして抱きしめられると心が落ち着く。

「……こうしていると気持ちがいいわねぇ」

ぽろっと零れ出た気持ち。
それに返ってきた言葉が私を包み込んだ。

「幸せだねぇ」

しみじみと告げられた言葉は、△△の心からのものであることが伝わるには十分だった。
その一言に救われた気がする。
私と共に過ごすことが彼女にとって幸せなのなら、それ以上のことはないのだ。
そっと目を開けると目と鼻の先にある彼女の顔が月の光に照らされてよく見えた。
閉じた瞼の先に綺麗に揃う睫毛から、きゅっとした曲線を描く鼻先、ぽってりとした唇まで。
その一つ一つが愛しく感じられて、手で前髪をそっと除けて額に口付ける。
すると△△も顔を上げ、私の手を取って指を絡めた。
そこにそっとキスを落とされ、そして包むように彼女の頬に添わせる。
穏やかな微笑みは、この手が好きだと告げていた。
どうやら嫌な夢のせいで杞憂なことを考えてしまっていたらしい。
戦いの合間、しばしの休息ででもこんな幸せを噛みしめ合えるということを忘れていたなんて。

「△△、ありがとねぇ」

「特別なことはしてないさぁ」

私は頭一つ分小さな△△の体を抱きしめ返して目を閉じた。
今この時間という幸せを抱いて眠ろう。
今度はきっと安らかなものになるだろうから。





***
15.3.1

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