夢小説

□怠惰な昼下がりは甘やかに
1ページ/1ページ







窓の外のきらめく日差しを私は苦々しい思いを抱いて横目で見る。
天気がいいから一緒に出かけよう、とミサトさんの部屋を訪れたら午前中は家でゆっくりしたいと言われ、昼になってご飯でも食べに行こうと言ったら今日は暑いから夜にしようって。
今日は暑いって、毎日365日暑いじゃん。それにこないだだって夜行くって言って結局めんどくさくなってやめたじゃん。
と言う反論は溜息に代えて押し殺した。
仕事で疲れているんだろうから文句はできるだけ言わないようにしているけど、最後にデートらしいデートをしたのっていつだっけ。
付き合い始めの頃はそれこそ仕事で忙しい時間を縫って、話題のスポットやレストランや日帰り旅行に行ったりもしたものだ。
けれど、付き合って一年もたつ今はおうちデートといえば聞こえはいいが、昼頃に家に行き来してはテレビやDVDを見て過ごして、泊まることもあれば適当な時間に帰ることもある。
付き合い初めの燃え上がりが落ち着いた状態を倦怠期に感じるという一説があるのは知っている。
だが、目の前の恋人はパジャマのまま寝転がりながらだらだらとテレビを見て笑っている。
それを見ると少なくとも彼女にとってはそれ以外の何物でもないのではないかとひしひしと感じてしまう。
髪はぼさぼさだし、起きてから顔は洗ったのだろうか。


「ねえ、そういえば頂き物の桃があるんだけど食べない?」

「桃あるの?食べたい!」


ミサトさんからふと思い出したように出た提案はなかなか魅力的で、私は二つ返事で答える。


「冷蔵庫に冷えてるからよろしくー」

「えぇー」


切るのはやっぱり私かい。
またか、という気持ちが私を襲い、そこで私は一つの試みを実践してみる。


「たまにはミサトさんがやってくれると嬉しいんだけどなぁ」


あまり期待していないがダメ元で言ってみる。
するとテレビから視線を外してこちらを振り返ったミサトさんは、やっぱり笑顔に甘えた声で。


「△△が切ってくれたやつが食べたぁい」


まったくもう。またそういう上手いことを言って。
ネルフではバリバリ仕切って仕事をしているかっこいい姿に惚れたのに、プライベートはこんなにだらしない生活を送っているなんてまるで詐欺だ。
甘えるのが上手いミサトさんに心の中で毒づいて、仕方なく腰を上げてエアコンの効いた涼しい部屋にさよならする。
キッチンに立ってみると、目に入るのは使用済みの皿や空になったカップラーメンの器や空缶で溢れたシンク。
しばらく来ないとすぐこれだ。
廊下の向こうから聞こえてくる洗濯機の回る音にしたって、傷みやすいものとそうじゃないものを選り分けてスイッチを入れたのは私だし、干すことになるのもきっと私。
ほぼ100%の確率で実現する予想にげんなりしつつ、私はごみを分別し、食器用スポンジに洗剤を垂らす。
文句言いつつなんだかんだこうして世話しちゃう私も悪いのかもしれないけど。


シンクを片付けてからようやく冷蔵庫から取り出した桃はよく冷えていておいしそうだ。
ただ、熟して柔らかくなりかかっているからこの機会を逃していたらきっとミサトさんのことだからダメにしてしまっていただろう。
そんなことを考えながら熟れた果実に包丁を入れて、手で皮を剥く。手がべたべたになるのが玉に瑕だけどこればかりは仕方ない。


「まだ?」

「子供ですか」


桃を促す声と共に後ろから腰に腕が巻き付けられる。
テレビからこっちに興味が移ったのか、いつの間にかキッチンへ入ってきたミサトさんに呆れつつ返すと。


「そんなことないもーん」


と彼女は口を尖らせて私の肩に顎を乗せた。
それ自体は構わないのだけれど、ミサトさんの髪が耳に当たってこそばゆい。


「そんなに密着したら危ないですよ」


咎めると、んー、と気のない返事が返ってくる。
そして唐突に脈絡もない言葉が。


「……なんかエロいわね」

「はい?」


皮を剥き終わって果肉を切り分けている私は手元に視線を向けたまま。
しかし意味不明なコメントに素っ頓狂な声が出てしまった。
でもミサトさんはそんなことは気にすることなく続ける。


「桃触ってる指。桃って熟れると肉感がぐじゅってしてて、ね。果汁たっぷりだし」


だからなんか。
そう一呼吸置いたミサトさんは、まるで今が夜中であるかのように声色を変えて。


「そそられる」


ふつふつと湧き上がってきていたらしい劣情がその言葉に込められていて、私はその率直な感情に思わずたじろいだ。
ミサトさんはおもむろに私の手を取ると、桃の果汁に塗れた指を口に含んだ。


「ちょ、」


戸惑う私のことは気にすることなく指を吸い、舌を這わせる。
エロティックなその仕草に鼓動が早まり、顔が熱くなる。
自分でも幼いとは思うけど、こうなると私はされるがままになってしまう。
慣れた様子のミサトさんに対して私はいつまでたっても初心なまま。
悔しいけれど、そんな私を可愛いと愛してくれるのも彼女で。


「ミサト、さん、なにしてるの」

「――甘くておいしいわね」


ミサトさんは上目遣いにこちらを見て艶やかに笑った。
さっきまでおっさんみたいにだらしなく過ごしていた彼女とはまるで別人のような"女"の顔に、ドキリと胸が高鳴る。
ようやく右手を解放されて、今度は指と指を絡められる。
今まで舌を這わせられていた指は性感帯になったみたいに、ミサトさんのそれが触れる度に私の中に小さな快感を生んだ。


「いいにおい」


ミサトさんは首筋に顔を埋めてスンスンと鼻を鳴らす。
触れた鼻先や唇がくすぐったくて、いよいよ私も変な気持ちになってきてしまう。
皮膚が薄く感覚を敏感に感じ取ってしまう首筋に、柔らかな唇が繰り返し押し当てられる。


「ボディミストつけてきたからね」


至極平静を装って何でもないように答えて、この間買ったばかりのこれはちょうどピーチの香りだったななんて、気を紛らわせるかのように考えてみる。
でもミサトさんはすでに私の耳朶を食んでいて、両手はブラウスの中に侵入してきていた。
もはや行為が始まるまでは秒読み段階。
さわさわと脇腹を撫でていた手がついに背中へ回り、ブラのホックを外しにかかる。


「っ、もう。すぐこういうこと」

「だってあなたがいつだっておいしそうなのが悪い」


真昼間から始めてしまうことへの後ろめたさに形ばかりの抗議をするも、さも当然のように責任転嫁されてしまってはお手上げだ。
このままだと桃が変色してしまうことは必至だから、切ったばかりのそれを皿によそって手を洗って、ラップをかけて冷蔵庫へしまって。
その間も私にべったりなミサトさん。
スイッチ入った時とそうじゃない時の差が激しいんだから。


「あ、3時になったら出かけましょ」


思い出したように告げるミサトさんに私は首を傾げる。


「どこへ?」

「さっきテレビでやってた、新しくできたショッピングモール。最近家にいてばかりだったから膨れてたでしょ」

「え、わかってたの」

「△△のことなら何でも知ってるの」

「何それ」


当たり前だとでもいうような彼女に思わず笑ってしまう。


「だからそれまでは、ね」


子供のように得意げな顔から一転、大人の女性のそれになったミサトさん。
色々な一面がある彼女が時たま見せる、年上ならではの余裕のある表情に私はいつも恋をする。
落ちてくる唇。
嬉しさの余りニヤニヤとした笑みが漏れているだろうけど、私は目を閉じて待ち受けた。





***
15.03.31

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ