夢小説
□桜色の雨の中で
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日本を発つ日はもうすぐそこまで迫っていた。
そんな中△△から携帯に連絡が入り、同行している艦長に許可を取り時間を作った。
待ち合わせ場所に現れた彼女は相変わらずの可憐な微笑みを浮かべていて。
仕事尽くめだったこの日本滞在で初めてほっとできた気がする。
「久し振りですね。せっかくミッシェルさんが日本に来てるのになかなか会えなくて寂しかったです」
駅前の繁華街を抜けて閑静な住宅地を歩きながら△△は言った。
私は"寂しかった"というその言葉を胸の中で反芻する。
くすぐったくて照れくさい。例え友人としての意味だろうと、心がぽっと温かくなる。
「ところで何があるんだ?」
「見てのお楽しみです」
見せたいものがあると言われて△△の後をついてきているが、頑なに秘密らしい。
いたずらな彼女は一体何を隠しているんだろう。
考えを巡らせていると、先を行く△△が振り返って満面の笑みを見せた。
「ここ、ここ!」
そう指差すのはT字路の角の向こう。
わざわざ呼び出すほどのものが路上にあるのだろうか。
怪訝に思いつつ角を曲がると。
突如目の前に広がったのはピンク色の世界。
「ほう…」
思わずため息が漏れるほど見事な満開の桜並木。
心地良い春風にはらはらと花弁が舞っていた。
静かな住宅街にひっそりとあるだけに、平日の昼間は人気がなくて貸切状態らしい。
「これをミッシェルさんに見せたかったの。アメリカに帰っちゃう前に見せられてよかった」
「こんな光景初めてだ」
「でしょでしょ」
私はそれだけ言うと、初めて経験する桜吹雪に言葉を発することも忘れて見入っていた。
ふと見ると彼女は私から少しばかり離れて舞い散る桜にそっと手を伸ばしていた。
「とてもきれい」
言葉を発することで花びらの舞を邪魔してしまうのでは。
そう懸念しているかのように、そっと言葉を溢す彼女の方がきれいだと思う。
掌に舞い降りた花弁を両手で包んでそっと見つめるその姿は可憐で儚くて、目が離せない。
どこかへ、誰の手にも届かない場所へ行ってしまうんじゃないか。
そんな風に思えて、その手を掴み取りたい衝動が湧いてくる。
その割に呆けた顔をしていたのだろう、△△はこちらに気付くとふんわりと笑って首を傾げた。
「どうしたんですか」
「いや。何でもない」
「ふうん。変なミッシェルさん」
彼女はくすくすと笑う。
そして私の腕を取りこちらを見上げて。
「ピンクのトンネル、一緒に歩きましょ」
「あ、ああ」
無邪気に誘う△△の笑顔にドキリとする。
腕を組んで歩くなんてまるで恋人同士のようでそわそわしてしまう。
そんな余裕のない私をよそに△△は思いもよらないことを口にした。
「こうやって歩いてると、フラワーシャワー浴びてるみたいですね」
「な…っ!」
「冗談ですよ冗談」
私は二人でバージンロードを歩くシーンを想像してしまって、慌ててそのぶっ飛んだ妄想を掻き消した。
△△の方は歌うようにさらりと流したけれど、その頬がほんのり桜色に染まっているように思えるのは気のせいだろうか。
彼女が私をどう思っていてくれているのか。
もしかしたら私と同じ気持ちを抱いてくれているのかも。
そう自問したことは何度もある。
けれど、もし違っていたら想いを伝えることでこの関係はきっと壊れてしまう。
それが怖くて、募る思いは行き場もなく膨れ上がるばかり。
「また来年もミッシェルさんと見たいなぁ、桜」
「…そうだな」
△△の描く未来に私がいることが嬉しい。
来年はこの関係がいい方向に変化していたらいいなんて思うけれど、そうなるにはまだ少し私に勇気が足りないらしい。
とりあえず今は△△の視線が舞い散る桜に向いていてよかった。
私の顔は彼女よりも花びらよりも、ずっと確かに染まっているはずだから。
***
15/04/23