夢小説

□純粋によこしま
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百戦錬磨のこのあたしがこうも調子を狂わされるなんて、あっていいはずがないというのに。




「おら、自分で歩けって」


全体重をあたしに預けてくる△△を支えながら自室のドアをぶち開けた。


「いやーー。エダおぶって」

「ざけんな。ったくだから止めたってのに」


イエローフラッグでいつものようにロックにちょっかいを出していたら、その間に△△とレヴィが飲み比べを始めていた。ケンカじゃないからその点はめんどくさくなかった。
けれど△△が潰れた時に面倒を見ることになるのはどうせあたしだから、止めとけと再三言ったのに聞きもせず案の定こんな有様。


「お前はソファな」

「やだ。ベッドがいい。ベッドーー」

「お前なんかソファで十分だっての」

「やだ。ベッドーー」


そう言って肩に回させていた腕でぐいぐいとあたしの首を絞めてくる。
酔っぱらいは加減を知らないからたちが悪い。苦しくて敵わないから仕方なくベッドに放り出した。
△△は満足気な顔で「ありがとー」と一息吐くとすやすやと寝に入る。
こっちのことなど与り知らぬとでも言うような、その無防備さに舌打ちが出てしまうのも致し方ないはずだ。
彼女の家よりあたしの家がイエローフラッグから近くでさえなければ、こんな危うい状況になることもなかったのに。
チェアーに腰かけて煙草に火をつけた。
△△のせいで今夜はソファに寝なければならない。女同士、別に問題はないと思われるだろうが、二人で一つのベッドを分かち合えないのにはワケがある。


「……エダ……すきぃ……」

「……………」


背を向けて一服していたら聞き捨てならないセリフが聞こえて、あたしはぎょっとして声の主の方へ振り向いた。
なんだよ。なになになになに、なにソレ。なんなの。起きてんの寝ぼけてんの酔っぱらいの戯れ言なの本音がポロッと零れたの。一体全体どれなわけ。
内心の動揺とは裏腹に表向き挙動不審になることはかろうじて抑えられたけど、その代わり△△をガン見。
無意味に左右を見渡して、そしてガン見。ああ見事に挙動不審じゃんあたし。
いい意味でも悪い意味でも典型的な女子である△△だからこそ、よくある女子同士の戯れで好きと言い合う、なんてことがあたしと彼女の間に有り得ていたならこんなに驚くこともなかった。
少なくとも友人としては好かれていることはわかっていたけれど、レヴィやロックに対してはさらりと言う癖に、あえて避けてるのかって程にあたしは言われた試しがない。
こうして言葉にされたことは初めてのことで、状況が状況なだけにそれが友情なのかそれともそれ以上の感情の意味でなのか判断が付かなかった。だから鳩が豆鉄砲くらったようにもなるわけで。


「エダぁ、……来て」


呼吸で肩が上下する以外まるで泥のように眠る△△から再度、唐突に声が上がってあたしは些か驚いた。
穴が開くほど見つめるなんて後ろめたい行為に耽っていたせい。見ると今度はうっすら目を開けているから起きているのは確からしい。
居たたまれなさを誤魔化すように「なんだよ」と憮然と答えて近寄った。
△△は目線だけこっちに寄越してぱたぱたと手を招く。なんであたしが右手一本で呼びつけられなきゃならんのよ。


「お水ちょうだいー」

「ハイハイ」


こちらを見上げる彼女に適当に返事をして冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出す。
全く世話が焼ける。なんだかんだ言って面倒を見てしまうあたしもあたしだけれど。
△△の元へと戻り、肩を小突く。


「持ってきてやったぞ」


すると彼女はとろんとした眼でこちらを見つめて。


「飲ませてぇ」


躊躇った。それは何故か。
二人で一つのベッドを分かち合えない。それは何故か。
悔しいかな、それはあたしが△△に惚れてしまっているからで。そして飲ませてと言われて心に生まれたのは邪な感情。
そんなあたしを知ってか知らずか、彼女はねえねえと裾を引っ張って催促してくる。


「おい、」

「起きれないんだもん。だから、ねえエダ」


熱を孕んだ瞳、熟れたように赤い唇、その奥に見え隠れする赤い舌。もはや正誤を判断する余裕は残っていなかった。
ボトルの水を口に含んで、吸い寄せられるように△△の唇へと降りていく。
待ち望むようにうっすらと開かれた唇にあたしのそれが触れると、△△はさらに少し口を開いた。そこに少しずつ水を送り込む。
こく、こく、こく。△△の喉が鳴る音がやけに大きく聞こえた。
唇を離す。視線が絡み合う。


「おいし」


囁くように呟かれた言葉はやけに色を孕んでいて、これ以上はダメだと頭の隅で鳴る警鐘すらも霞ませる。
△△は気怠げに身を起こすと髪を掻き上げた。


「もっと」


残酷な程の無邪気さと見透かしたような打算。相反するその両方が混じる瞳。
操られるようにもう一度水を口に含み、唇を合わせた。
すると唇の隙間から舌が進入してきて、あたしの舌に絡めてきた。上顎を擽ったり歯列をなぞったり、無遠慮に口内を蹂躙する。
体はこんなに熱いのに舌だけは冷えていて、それが心地いい。
口の端からボタボタと水と唾液が混じったものが零れた。
△△は僅かに残った水をこくりと飲んで唇を離す。
素面だったら絶対に起こりえないだろう行為。彼女の酔いのせいにしてやらかしてしまった感。たった今生まれた背徳的な二人だけの秘密。
△△はゆっくりと口元に笑みを浮かべた。単なるアルコールの浮遊感からか、それとも今まで守ってきた友人という枠組みを飛び越えかねない展開への期待からか。
――それとも、彼女の心からの願望が叶えられた悦び??
幾度となく腹の探り合いや修羅場を潜ってきたCIAの工作員であるはずなのに、もはや判断ができない。
こんなに『女』の顔をする△△なんて、今まで見たことがなかった。普段の彼女の表情とは全く異なるそれに目が離せない。


「エダ」


ベッドに突いていた手に△△の手がそっと重なる。熱っぽい瞳で、甘ったるい声で、あたしを誘惑する。
△△がこんな行動に出ているのは、ただ単に酔っぱらって気が大きくなってるだけかもしれない。度の過ぎた気の迷いかもしれない。
けれど思った。


(この際△△の真意なんてどうでもいい。既成事実を作ってしまえばこの関係も何か変わるのかもしれない。)


そんな考えに至ったあたしができることと言えば、激情に任せてまだ見たことのない△△のその奥に入り込むこと。


「△△っ、」


肩を押すと△△はあっけなくベッドに沈んだ。二人の関係を壊すのに必要だったのはこんなにも軽い力で、こんなにも簡単だったなんて。
馬乗りになると△△は全てをあたしに任せて、目を細めてこっちを見つめてくる。
ただそれだけなのに、まったくもって、あたしらしくない。こんなに鼓動が早いし、彼女のブラウスのボタンを外す指も思うように動かない。
自分の情けなさに思わず舌打ちをする直前△△の両手が伸びてきて、頬を包まれた。
「エダは」と△△が呟く。そしてさっきとはうって変わった、初めてのティーンエイジャーみたいに切なげな顔で。


「私のこと、好き?」


例え演技だったとしてもなんだっていい。
このあたしが、こんなので臨界点を突破するなんて相当だ。
ああ。もう。ダメ。







***
15.06.05

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