夢小説

□愛と呼ぶには物騒な
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暴力教会が納品に来た旨を軍曹から聞き、事務仕事を中断してシスター△△を部屋に通すよう伝えた。
△△はいつも通りの笑顔で私の執務室に入ってきた。それは営業スマイルではなく、心から訪問を楽しんでいるところから来るものだ。
私に対してそんなスタンスでいられる人間はそう多くない。
銃を持ったことすらなさそうな可憐な顔立ちをしている彼女がこの街で生きていけているのは、そこそこの腕とそんな無邪気さ、もとい無意識な神経の図太さの賜物なのかもしれない。


「ミスバラライカ、ご機嫌いかがですか?この間教えて頂いたロシアンティー、とってもおいしかったです」

「まあまあよ。それはよかった」

「まあまあですか、私がお会いに来たのに?残念だなぁ、私はバラライカさんのお顔を見れてとっても嬉しいのに。ところでロシアンティーに合うお菓子を教えて頂けますか」


せわしない会話も△△らしい。
一つ間違えば鬱陶しい小娘以外の何物でもないが、他の人間から言われたら嘘臭くて苛立たせる言葉も心からのものであることがわかっている。彼女は紙一重のところを蝶のようにひらひら飛び回るのだ。


「いっつも思ってたんですけど、バラライカさんのネイル綺麗ですよね。ご自分でされてるんですか?」

「ええ、そうよ」

「ほぁーー。すごいですね」

「別に凄いことはないわよ」

「私もやってみようかなって思ってるんです。でも私に似合うかなって思って」

「見栄えは爪や指の形にも寄るしね。ちょっと見せてみなさい」


素直に両手を差し出した△△の手を取った。
初めて触れてみたけれど、見て思っていたよりもずっと小さくて軽くて柔らかい手をしていたことに少し驚いた。
触れ合ったところから彼女の僅かな緊張が伝わってきたが、私は気付かないふりをして形を確かめる風を装う。
銃など似つかわしくない白く華奢な指のラインをなぞり、爪の生え際を辿る。そして爪先のなだらかなカーブまで。
そもそも△△の爪や指なんて見せてもらわなくてもよく覚えていた。例えば領収書を受け渡しするその一瞬に散々視姦しているから。
この指で慰めたりするのだろうか。何を考えて?誰かを想って?私を想うことは?
そんな自意識過剰な思考に至ったところで頭を振った。下世話にも程がある。


「エダは、お前は不器用だからやってやるって言ってくれたんですけど」


気恥ずかしさを会話で紛らわそうとしているのか、△△の姉貴分にあたる彼女の名が出る。
随分過保護にされてるらしい。てれてれと笑う△△。気分が悪い。


「へぇ…?仲がいいのね。食事するのも手伝ってもらってるの?」

「ええっ?!あっ、いや、そんなわけ、あるわけないじゃないです、か」

「冗談よ」


と言いつつ微笑の一つも浮かべない私に怖気づいたのか、△△は居心地が悪そうにもじもじする。


「あっそうだ、忘れない内に領収書」


この空気を打開する唯一の解決策とでも言うかのように声を上げる彼女に、手を解放してやる。


「綺麗ね」

「え?」

「あなたの手。マニキュア、似合うと思うわよ」

「えへへ。本当ですか?バラライカさんに褒められるとなんだかとっても嬉しいですね」


微笑んで見せるとキョトンとした顔から一変、心から嬉しいのだろう、緩んだ表情になる。
ああ、まただ。
今みたいにそんな屈託のない笑顔を見せられると、何故だか△△を傷つけて泣かせたいなんて乱暴な感情が湧いてくることがある。対して彼女の好意は幼い憧れに過ぎない。
△△のそれがいわば初めて顔を出したまだ青々とした小さな芽とすれば、私のものはむせ返るような甘い香りで獲物を引き寄せる毒花とでも言えようか。
あまりに不釣り合いな二人に嗤ってしまう。
口元が歪んだのを見逃さなかったらしく、△△は金額を書き込んだ領収書を差し出しながら小首を傾げる。


「どうかされました?」

「何でもないわ。……丁度休憩しようと思ってたところなの。お茶でも飲んでく?」

「ぜひ!」


目をキラキラと輝かせ、ぶんぶんと振られる尻尾が透けて見える程の喜びように小さく笑みが零れる。
寄せられる全幅の信頼を裏切ったとしたらどんな顔をするだろうか。それでも私を受け入れる可能性はいかほどか。
じわじわと湧き上がってきている衝動でもって、禁欲的な尼僧服に身を包む彼女の全てを暴いてみたいだなんて。
この感情の正体は単なる悪趣味な興味の範疇に収まるだろうか。








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15.06.12

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