夢小説
□すべてを変えるキスをあげよう
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自身の指で生み出す快感に切ない吐息を漏らしながら、ミッシェルは昼間接した△△を想い出していた。
△△は気さくな性格で誰とでもすぐに仲良くなる。よく笑う彼女はその天真爛漫さのおかげで、ミッシェルより幾つか年上だというのに年下にすら感じられる程だ。
だが最近は本当の気持ちに相反してつい△△にそっけない態度を取ってしまっていたせいか、今日は目があったのにふいと逸らされてしまった。
今までは目が合うとこちらへ寄ってきたり、笑いかけてきていただけに、身から出た錆とはいえ目を逸らされて少なからず傷付いた。何より、さぞ楽しいのか燈の奴に寄り掛かって笑い合っていたのを見て湧き上がった刺々しい感情に心を乱されていたというのに。
こんな時に思い描く△△は自分だけを見て微笑んで扇情的に誘ってくる。触ってと。もっとと。際限なく自分を求め続ける△△のあんな所やこんな所に触れて、あんな体勢やこんな体勢にして、想像で眼福を得る。
知りもしない彼女の快楽に悶える顔を、姿を思い描けば欲が高まっていく。
△△が好きだ。狂おしいほどの想いに急かされるかのように、脳内での彼女との戯れに一層意識を集中させる。
「――っ!」
一瞬強張った体が弛緩すると同時にヒートアップしていた感情が冷めるように引いていって、空しさが襲う。
今までこういったこととは無縁に生きてきたのに、この年になって初めてこんな行為に没頭するようになってから何度△△を思い描いただろう。
不毛だというのに何度も繰り返してしまうのは、単なる欲の処理というよりも彼女を想って達する瞬間が今のミッシェルにとって唯一の癒しだからだった。
初めて人を好きになって知ったのは、甘く締め付けられる心の痛みと、人を想うことがこんなに汚いものだということ。
「△△…」
彼女の名をそっと呼んでみても答えが返ってくるわけはない。無音の部屋に溜息だけが耳に響く。
右手を下着から引き抜いてみると、指には透明な粘液がべっとりと塗れている。
こんなものが△△に対する想いの具現化だと思うと乾いた嗤いしか出なかった。
―――
――
―
訓練終了時の柔軟体操。日々のトレーニングの監督も班長の大事な仕事。しかし全体を見ているつもりでも、想い人に視線を走らせることが多くなってしまう。
△△は八重子と組んで背中を押してもらっていた。痛い痛いと声を上げる△△とそれを楽しむ八重子に、自分もあんな風に彼女と話せたらと嘆息する。
今まで恋愛なんて碌にしてこなかったせいで△△を意識しすぎて、突き放したような態度になってしまうのだ。
かといって勿論周囲にも本人にもバレるような素振りはしていないはず。今もちらりと一瞥しただけだ。
が、タイミング悪く嫌な光景を見せつけられてミッシェルは顔を僅かに歪ませた。
「ねえ△△、アンタわざと胸押し付けてるでしょ」
柔軟する側に回った八重子は振り返って不信感に満ちた視線を△△に向ける。
「えー?なんのこと?」
「しらばっくれなくてもわかってるんだから。ちょっと平均より大きいからって自慢げにエロ漫画の体育教師みたいなことしないでよね!」
「それって例えばこういうことー?」
「ギャッ!揉むなーーっ」
女子二人が和気あいあいとじゃれ合う光景を男性陣は羨ましそうに眺めていたが、こっそりと横目でチラ見する程度に留めていたのは彼らが班長から発せられる氷のようなオーラに気付いていたからである。
後ろから近寄るミッシェルの存在に二人は気付かぬまま、キャッキャとじゃれあい続けていた。
「おいお前ら。居残りする覚悟はできてるんだろうな」
「わっ!?」
突然降って来たお咎めに八重子はかなり驚き、△△は動揺する素振りもなく黙って振り向いた。
「フィールドの整備1時間」
「ええっなんでです!?」
「あんたのせいで私まで!」
愕然とする二人に冷ややかな視線で釘を差すとミッシェルは二人以外の解散を命じた。
―――
――
―
同日夜。
会議から解放され、ミッシェルが自室までの廊下を歩いているとシャワールームから出て来た△△を見つけた。
なんて声を掛けようか迷い、かといって今更廊下を引き返すのも不自然で、その一瞬の逡巡の内に△△はミッシェルに気付いた。
「あ、ミッシェルさんお疲れ様です」
「…おう」
△△はさりげなく周囲に目を走らせる。誰もいないことを確認すると、にっこりと人懐こい笑みを作った。
「会議だったんですか?」
「ああ」
「遅くまで大変ですね。実は私も訓練疲れで体重くって。なんでここバスタブないんですかねぇ」
「そうか。なら早く休め」
即答して横を擦り抜ける。
もっと気の利いた言葉を返せたらいいのに。もっと話していたいのに。
そう悔いた瞬間、ミッシェルの手首を△△が捉えた。
ミッシェルは些か驚いて振り返ったが、△△は軽い調子で話し掛けた。
「ミッシェルさん、最近私に厳しくないですかぁ」
媚びるような声色なのにどこかねめつけるような言葉尻。
それはいつも屈託のない明るさを放つ彼女とは少し違って、こちらの出方を図る小賢しい観察者のごとき口調だった。
今までに感じたことのない△△の雰囲気にミッシェルは戸惑った。しかし努めて平常心を装う。
「そう思うんなら真面目に訓練に励むんだな」
「ちぇー。――でも、ミッシェルさんだって訓練に個人的な感情を交えるのは良くないんじゃないですか」
「……は?」
ミッシェルはぎくりとした。もしかして気付かれていたのだろうか。
「今日のペナルティ。嫉妬したんでしょう」
△△は笑っているが、薄い仮面を被っていた。その下ではうっすらとほくそ笑んでいるのが透けて見える。
こんな嫌な顔の△△を見るのは初めてだった。
「馬鹿馬鹿しい。くだらないこと言っている暇があればさっさと寝ろ」
声が震えないように、動揺を悟られないように。わざとらしく溜息を吐いてみせた。
「強がっちゃって。ミッシェルさんお仕事で疲れてるみたいだし、私の部屋で癒してあげてもいいですよ。あ、それとも恋煩いでかな」
彼女はくすくすと笑ってみせる。
「な、何を言って、」
「ミッシェルさん私のこと好きなんでしょう」
明日の天気は晴れでしょう。そう天気の話でもするかのように、ミッシェルが決して言えなかった気持ちを△△はいとも簡単に口にした。
「私のこと見過ぎなんですもん。あんなんじゃ他の人だって気付くんじゃないですか」
「っ、ふざけたこと抜かすな、いい加減に…!」
「ふざけた?」
△△は声色を変えて一歩距離を詰めた。ミッシェルもつられて後ずさる。
「私知ってるよ。ミッシェルちゃんがいつもどんな風に私を見ているのか」
相手は年下といえど自分の上官なので今まで決して敬語を忘れなかったが、△△はあえて今そのルールを取っ払った。
△△は艶やかな声で囁き、薄く開いた唇を舐める。
てらてらと光る唇とこちらを見上げているのにどこか見下ろすような口調は倒錯的で、ミッシェルは眩暈を覚えた。
「ミッシェルちゃんがいつも考えてる通りにさせてあげる」
△△はミッシェルの手を取って自身の胸へと押し付ける。離れようと一歩引いたが、踵が壁にぶつかった。
自室がすぐそばであるせいだろう、△△は下着を着けていなかった。
驚くほど柔らかな胸に指が沈むが、ミッシェルは自ら指に力を入れることで意思表示してしまわないようにすることばかり考える。
そのためか、否、それなのに目は彼女の胸元に釘付けで逸らすことができない。
「……どうして、」
こんなこと。そう続けようとしたがカラカラに乾いた喉がそれを許さなかった。
「さて。ナゼでしょう」
△△はさえずるように問いを与える。
「一、厳しい上官に対する反発心」
△△から視線が外せない。
「二、単なる悪戯心」
息をするのさえ忘れる程に、現実感がない。
「三、あなたが期待するまさにそれ。……どれだと思う?」
自分の喉がごくりと鳴る音がやけに大きく聞こえた。
「ほら。ミッシェルちゃん」
甘い囁きに突き落される。
そして音もなく△△が眼前に迫ってきて、唇が触れて、
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15.07.03