夢小説

□現実は理想より容赦なく
1ページ/1ページ










私は今日も大尉の執務室に押しかけてソファで仕事をしていた。
大尉はいつも、また?というような顔をしつつも迎え入れてくれる。そんな優しさにいつも甘えてしまうのだ。
それぞれがそれぞれの仕事をしている合間、忙しさから解放されしばし訪れた穏やかな時間。
壁ドンって知ってます?なんてちょっとした話題提供のつもりで、少し願望も含めて大尉に聞いてみた。


「知らないわ」

「えーっ知らないんですか。女子のみんなの夢ですよ」


案の定な答えに些か驚いてみせ、壁ドンとはと講釈を垂れてみる。どういうシチュエーションなのか、された側のドキドキ感、故にどれだけの女子が夢見ているか。
訥々と説いてはみたけれど大尉はあまり興味をそそられないらしく相槌を打つのみ。これじゃ冗談混じりに、大尉にされてみたいなぁなんて言える空気じゃない。


「ところで△△、ここの数字おかしくない?」

「……あっ、すみません直します」


へこみつつあるところに決定打を押され、私は心が折れた。冷静に考えれば大尉がこんな話に興味持つわけなんてないか。
全く話に乗ってくれない様子にしょぼくれたけれど、とりあえず問題の書類を受け取って目下の仕事を片付けることに意識を引き戻した。




窓の外も暗くなり、さてそろそろ帰ろうとした時にはさっき自分が提供した話題のことなどすっかり忘れていた。だから帰り支度をしている最中に大尉にあんなことをされて、私はただただ翻弄されるしかなかったのだ。


「△△、」

「はい?」


それは振り返るのと同時だった。いつの間に後ろへ来ていたのか、ドンッと大尉の手のひらが壁を叩き、私は壁と大尉の間に閉じ込められていた。


「もう帰っちゃうの?」

「えっ!?た、大尉?」


あの。えっと、これって。かの有名な壁ドンですか??大尉にそんなこと言われたら喜んで何時まででもお付き合いしますけど!?
気持ちとしては夢が叶った現実に大フィーバーしているのに私自身はとっさの出来事に対応しきれず、あーだのえーだの口ごもるしかない。
このアングルから見る大尉はいつもより3割増しでカッコよくてヤバい。
こういう時はなんて答えたらベストなんでしょうか。なんて答えたら理想的な展開になるのでしょうか。
ぐるぐると思考を巡らしてみるもうまく働かない。
ていうか、それより何より、その。大尉が近すぎて、ダメ、です。


「真っ赤になっちゃって。可愛い子ね」


うわっ、うわっ。こんなシチュエーションで可愛いなんで言われたら。言われたら!
私が顔をゆでダコみたいにしている間に大尉はますます距離を縮め、じわじわと追い詰めてくる。
逃げ場もなくこんなに至近距離で上から見下ろされたら、もうどうにでもしてください!と言いたくなる。
体の動きも心も掌握されて、私は大尉の思うがままなのだ。痺れるような被支配感が正しい思考を鈍らせる。


「どうせ真っ直ぐ帰るだけなんでしょう?だったら、」


大尉は唇を私の耳に寄せた。


「…イイコトしない?」


色気のある低音で囁かれついに私の心臓はバーストした。イイコトなるものがどんなコトなのか一瞬で想像を巡らせ脳内が沸騰する。
体中が熱くて返すべき言葉も見つからなくて、哀れにも口をパクパクするしできない。
そんなパニックに陥った私を大尉はなおも開放せず、私の顎をくい、と上向かせる。


「返事は?」

「あっ、えっ、えと…」


わたわたしている内に大尉のキレイなお顔が迫ってきて、ああキスされる、と夢見心地に思った。
思わず目をギュッと瞑る。


「……んあっ?!」


極度の緊張の中呼吸を妨げられ、私はみっともない声を上げた。鼻をつままれたのだ。
目を開けると目と鼻の先にあった大尉のお顔がすっと離れた。


「こんな感じでいいかしら?」

「へっ?」

「壁ドン。されてみたかったんでしょう?」


間抜けな声を上げた私に大尉はしたり顔で笑んだ。


「か、からかったんですね!」

「弄りがいがあるんだもの」

「うぅ」


大尉、イタズラにしても長いです。相変わらず容赦ないですね。
ほとんど本気にしていた自分が急に恥ずかしくなって、逃げるように身の回りの物を掻き集めた。


「本気にした?」

「しませんよ!お先に失礼しますっ」


くすくす笑う大尉を背中に、ぷりぷりしながらドアへと向かう。


「△△、」

「はい?」


今度は何だろうと不信感を抱きつつ振り返ると。


「あなたが望みさえすればいつだって続きをしてあげるわよ」


執務机に優雅に座り、穏やかな目でこちらを見遣る大尉。
でもどうせきっとまた冗談だろうと思ったら、大尉は笑ったりすることなく。


「気をつけて帰りなさい」


大尉は気遣いの言葉を寄越して手元の書類に目線を移す。その様子に今度はどうやらジョークではないらしいと気付いた私は、また耳まで真っ赤に染まった。






***
15.08.02

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ