夢小説

□甘酸っぱいなんて嘘っぱち
1ページ/1ページ





※高校生設定です。





体育の授業を終え、着替えて用済みになったジャージをロッカーにしまう。ランチタイムとなった廊下は行き交う生徒たちでごった返している。
さて今日は何を食べようかと思案していると聞き慣れた声があたしを呼び止めた。


「エダ、エダ!ちょっと!」


△△だ。
隣のクラスから飛び出して駆け寄ってくる幼馴染の姿を見ると、その顔はやたらにこやかで。
最近の△△をそんな顔にさせるのはあれしかない。その“元凶”に思い至ってあたしは顔を僅かにしかめた。


「ねぇねぇさっきの体育バスケだったでしょ!あーもー超かっこよかったー!」


△△はチョコレートバーみたいな甘ったるい声で嘆息する。
超かっこいいというのはあたしのことじゃない。あたしのクラスメイトで割と仲のいい男友達のことだ。


「はいはい。サンドイッチ食ってるだけでもかっこいいんだもんな?」

「そりゃもう!」


恋は人を盲目にするとはよく言ったものだけれどその妄信的なまでの想いにまた長く息を吐いた。


「な。あたしだってスリーポイント決めたりしたんだけど。4回」

「えっ、彼は3回だったのに。相変わらず運動神経いいねエダ」

「そんだけかよ!」

「だってエダがすごいのはとっくにわかりきってるし」


かっこいいと惚れ惚れされるのがあたしだったらどんなによかったか。
文武両道容姿端麗なあたしがこんな風に無力感を日々感じさせられているなんて誰が思い至るだろう。
男なんて選り好みし放題なのに特定の相手を作らないのは、ずっと、誰にも気付かれないように、静かに想い続けているからだ。
絶対に振り向いてくれない相手を。――△△のことを。
△△があたしに惚れることなんて絶対にない。△△は至って“マトモ”な人種だから。
何本もシュートを決めるあいつに負けないように隣のコートを走り回ってより多く点数を稼いでみせても、同性のあたしのことなんてろくに見てくれやしない。
無駄に活躍してしまうおかげで、男だけでなく女からも呼び出しが増える一方だ。


「あーっていうかエダ!私ついに決意したの!」

「何を?」

「彼のこと紹介して!」


そう。△△はあたしに対しては想いのたけを残酷なまでに叫んでくるのに、奴とはおはようの一言さえ交わしたことがない。
一体あいつの何を知って好きだというんだ。
あたしは△△のことを何だって、それこそかっこ悪かったり恥ずかしい過去も知っていて、その上で好きなのに。


「ようやくかよ。てか何で急に」

「熱い想いがついにハートを決壊した?みたいな?」


どうせまた恋愛映画かなんか見て触発されたんだろう。昔から単純なやつだから。
呆れつつも、はにかむ△△は贔屓目抜きで可愛いと思う。
△△をこんな顔にさせるあいつが少し、いやだいぶ憎らしくて、ほんのちょっとの仕返しを。


「あいつ、こないだなんて口開けて居眠りしてたし、実は母親のことママって呼んでるかもだし、未だにこっそり鼻クソ食ってる奴かもしれないぞ」

「ちょっとお。そんなわけないじゃん!」


いい奴なんだけど、△△の想い人というだけで勝手なイメージを捏造して貶してみるのには十分な理由になる。
予想はついていたけど△△は頬を膨らませてみせるだけで全く揺るがない。だからあたしはこの子の頼みを引き受けるしかない。
彼女の恋路を邪魔するようなイディス・ブラックウォーターは、彼女が求めるイディス・ブラックウォーターではないのだ。


「あたしは幼馴染の恋路を心配してやってんだぞ」

「あっ、ほら!きたきたきた!!」


心配というより阻止したいと言った方が正しいってのに何を言ってるんだか。
あたしの切ない嘘は想い人の登場で△△の耳を右から左へと通り抜けたらしい。
レッドカーペットを歩くハリウッドスターかあいつは。
△△は何故かあたしの後ろに隠れて、そのくせ痛いくらいに肩を掴む。
あたしは仕方なく彼に声を掛けた。


「よ。さっき大活躍だったらしいじゃん」

「なんだよ、エダが褒めるとかなんか裏があんだろ」

「裏っていうか後ろにならいる」

「え?」

「ちょ、エダ!」


何を今更焦っているのか。


「幼馴染の△△。この子バスケ好きだからお前と話合うかと思って」

「ああ!知ってるよ、よくエダと一緒に帰ってるよね」


そして自身の名を笑顔で名乗って握手を求めるこいつは、まあ爽やかな部類なのかもしれないけど。
△△はと言えば、存在を知られていたことと手に触れられた嬉しさで頬を染めてやがる。


「バスケ好きなんだ?応援してるチームとかあるの?」


彼女が一生懸命バスケの勉強をしたのも好きなチームが一緒なのも、全部いつかこうして話をするため。
そのいつかなんて来なければいい、来る前に△△が失恋してしまえばいいなんて思っていた。
けれど無情にもその時は今訪れて、必然、話が弾み出す二人。
心の中で本当のあたしが叫ぶことには耳を塞ぎ、提案する。
△△の知らない醜いあたしとは裏腹に、優しく協力的に。


「こんなとこで立ち話より、ランチにしない?」


胸糞が悪いけど、この生温く安定した関係を変える勇気のないあたしは女優にでもなれるんじゃないかって程上手に完璧な幼馴染を演じてみせる。
二人は勿論同意して、三人で食堂へ向かう。ここでこっそりあたしがどっかへ消えればいいんだろう。
後ろから見た二人はなかなかお似合いで、奴自身も満更でもなさそうな感じ。


「……なんであたしがこんなこと」


呟いた本音は彼女に届く前に、青い喧騒にかき消された。








Title“嫉妬する彼女のセリフ 3.なんであたしがこんなこと”
by 確かに恋だった



***
15.10.04

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ