夢小説
□どうしたら君を好きな私を殺すことができるのでしょうか
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この日が来ないようにと何度祈っただろう。
それでも地球の回転に合わせて時間は巡り、今日という朝が来た。
私の部屋のセミダブルベッド。一人で寝る時もなんとなく空けて寝てしまう、彼女が眠る定位置は冷たくて、まるで今の私の心と同じだった。
ハンガーにかけていたドレスを取り、袖を通す。クリーニングにかけたばかりのそれは今の心境とは正反対にふんわりしている。
「結婚するの」
△△の口から飛び出したその言葉が私を貫いたのは、僅か一か月前だった。
―――
――
―
式場のスタッフが入れ代わり立ち代わりする部屋でたまたまタイミングが重なったのか、二人きりになると△△は見慣れない淑やかな表情から変わっていつも通りの幼い笑顔を見せた。
「来てくれて嬉しい」
もしかしたら来てくれないかもしれないって不安だったの。
私が答えに淀んでいる内に△△は続ける。
「私がこんなこと言う資格無いけど、でも、ミッシェルさんが誰のものにもならなければいいな」
△△は邪気のない顔で笑った。
「そうすればミッシェルさんの最後の人は私だから。ずっと覚えていてもらえるでしょう」
まるで殺人だ。
昔から△△はこうだった。口に出す言葉も取る行動も酷く自由で人を振り回す。だけどそこに悪気は一切なく、子供のようにいつだって無邪気で。
可愛くて愛嬌があって自分の魅力をよく理解している女だから、男は皆夢中になった。
そんな子猫みたいな△△があえて同性の私を選んでくれたことに内心で浮かれていられたのは初めのうちだけだった。
私とはまるで正反対な彼女を好きになってしまったが最後だった。
奔放な△△は24時間以上私と過ごすことは一度もなかった。仕事の終わった夜に待ち合せて食事をしてうちに泊まって翌朝には別れる。
まるでセフレか不倫みたいな付き合いだったのに。
否、だったからこそなのか、やることだけはやろうとする△△の求めに望んで応じて。
また会いたかったから、淡泊に身支度をする彼女を引き留めたことはなかった。
自分がこんなに女々しい人間だったことを、生まれて初めて人に溺れて思い知った。
△△といるとその事実を突きつけられて、でもそれは見ないふりをして。時折見せる私への愛情にすべてを賭けていた。
私が必要以上を望まないことでこの関係はきっとずっと続くだろうと信じていた。否、信じたかった、のだと思う。
なのに、自分は男に嫁ぐくせに△△はまた私を繋ぎ止めるようなことを平気で言ってのける。
「…そんなこと言って、お前は人のものになるんだろう」
「そうだけど、」
学生の頃からの腐れ縁で、友情結婚だと、愛はないと言っていた。好きなのは私だとも。
いくら自問自答してもそれが本音なのか建前なのか、判別する術は私にはなかったし、本人に問い質す勇気もなかった。
いっそわかりやすいくらいに大金持ちの男だったらよかったのに。
△△が生涯の伴侶に選んだのはルックスも仕事も収入も平凡すぎる男。
どれも私の方が上なのに、女というだけで私は除外された。
「縛られたくないと言っていたくせに、結婚するなんてな」
これが精一杯の嫌味だった。
「でもミッシェルさんとは今まで通り会えるよ。ミッシェルさんは別だもの」
その言い草はまるでケーキは別腹でしょ、と言わんばかり。
「次いつ会う?明日から新婚旅行だから三週間後とかは?」
「いや、私もしばらくは仕事が忙しい」
「そっか残念。じゃあ時間ができたらまた連絡するよ」
「ああ」
軽く流し、あくまでも自分の都合次第で会いたいという意味の言葉を返す△△。
そんな身勝手さも、また会えるのだと思うと憎みきれなかった。
「人生で一番綺麗な私、見ててね」
「ああ」
平手打ちの一つでもできれば、こんな惨めな私でも少しは恰好がつくのかもしれない。
でも私の右手は彼女の頬を打つよりも、華奢な手首を掴んでこの場所から攫ってしまいたがっている。
それなのに体の横でぎゅっと拳を作るだけに留まっていた。爪が掌に食い込む痛みよりも心の方が余程痛い。
純白のドレスに身を包んだ△△は今までで一番綺麗で眩しかった。
本当の気持ちを隠して私は言った。絞り出すように。
「おめでとう」
それは形だけの祝福。私はうまく笑えていただろうか。
Title "どうしたら君を好きな私を殺すことができるのでしょうか"
by 1204
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15.11.03