夢小説

□ふたりぼっちで独りきり
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深夜にも関わらず部屋のドアが無遠慮な音で開いて、△△は目を覚ました。
遠征先のこのホテル、同室であるヘックスが帰ってきたらしい。
おかえりを言うのも眠くて億劫だからこのまま寝ていようと思っていると、すぐ後ろに気配を感じて、ベッドが沈む感覚を得た。


「△△」


返事を返さないでいると毛布から出ていた肩の辺り、寝間着をくしゃりと握られた。


「△△、寝てるの」

「寝てるに決まってるじゃないですか…」


きっとまたハニートラップでも仕掛けてきたのだろう。
ヘックスのそのやり方をあまり好きになれない△△はぶっきらぼうに答えた。
ただ、いつもとは少し様子が違うのを感じる。その証拠にヘックスは妙に黙ったままだ。
不思議に思って身を起こすと突然抱き付かれた。肩に顔を埋められる。
薄い寝間着を通してじわりと感じた温かみに驚いて、△△は問いかけた。


「ヘックス。泣いてるんですか…?」

「……どうしてかしらねぇ」

「え?」

「どうして、△△は私を好きになってくれないの」


ヘックスの声が僅かに震えていた。
ゲシュタポかチェカのやり口とさえ称されて同じCIAの工作員にさえ恐れられ、容赦なくテロリストを掃討するヘックスが、△△の知る中で最も強い人が、ひ弱な△△の肩を濡らしていた。


「私はこんなに愛しているのに」


ヘックスは自問する。
好きな人に好きになってもらうことはこんなに難しかっただろうか?
初めは△△など簡単に落とせると思っていた。
女を好きになったのは△△が初めてだったけれど、自身の魅力を熟知していたから△△が自分に夢中になるのはそう遠くないと確信していた。
しかし△△の気持ちが傾くよりもはるかに速いスピードで、想いがエスカレートしていく。
今では心臓が食い潰されてしまいそうな程に。


「このままじゃいつか△△に酷いことをしてしまうかも」


消え入りそうな声。抱きしめる力が強くなる。
△△は少し息苦しかったが咎めることはできなかった。
ヘックスの切なる声を理解できないわけではない。
ヘックスのことは好いている。今では好かれていることが心地良いとさえ感じる。
けれどすべてを受け止めるには、△△のキャパシティはヘックスという人物に釣り合っていないように思えた。
策略とはいえ、自分を好きだと言いながら他の男と寝ることができるヘックスをどうしても受け入れられないのだ。
けれどヘックスの切実な想いを切り捨てたくはない。エゴであろうと嫌われたくはなかった。
だからその言葉は、△△としてはなだめるつもりで、あなたを信用しているという意味で言ったつもりだった。


「ヘックスはそんなことしないですよ」


しかしヘックスには微塵も伝わらない。
ヘックスは自嘲した。


「……酷いわねぇ。△△は」


ああ。またこうして打ちのめされる。
△△を想うが故の衝動すらも否定されるのだ。これでは惨めでしかない。
その代償として、例えばこのままぱくりと頂いてしまうことだってできるのを△△は理解しているのだろうか。
華奢な△△を押し倒して、服を剥いで、かぶりつくことなんてヘックスにとっていとも容易い。
失言への罪滅ぼしのように、△△の腕はそろそろと迷いながらもヘックスの背中へ回された。
それならば、そんなつもりじゃなかったなんて言い訳は認めない。
いっそそうしてしまおうかと、本来のヘックスらしい選択肢が朧げだった輪郭を明らかにし始めた時、△△がぽつりと答えた。


「そうかもしれないですね」


ヘックスにとってその言葉は、非難を認める一方で好意の拒絶と聞こえた。
キリキリと締め上げられる胸の痛み。
そんなことない。そう言われれば即座にベッドに押し倒していただろう。
いっそ嫌いになれた方が楽だろうに、どうしてもそれができない。こんなにそばにいるのに手に入らない。果ての知れない煩悶に目眩がする。
ヘックスは△△を傷つけることを諦めた。その代わりに、燻る熱をなだめるように細く長く息を吐いた。




真っ暗な部屋で電気も付けずに、二人は抱き合っていた。
一人は欠けた心を重ね合わせようと、一人は他にどうすることもできずに。
そうして二人は抱き合っていた。






***
15.12.17

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