夢小説

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今の関係で十分なのだと言い聞かせていた。
私なんて到底足元にも及ばない凄い人。
毎日一緒にいられるだけでも幸せだったのに、欲張りになったのはいつからか。





悪徳の街には珍しく、目立った騒ぎも起きずに今日という日を終えようとしていた。
今夜は会合もないからみんな早く帰れる。
ちょっとした用事で大尉の執務室から出て行く軍曹の大きな背中を見送りながら思う。
穏やかな宵の口。こんな時はそうそう訪れない。私は意を決して大尉の元へと歩み寄った。


「大尉」

「なぁに」


執務机で書類を片付けている大尉はこちらを見ずに返事を寄越した。


「どうしたら私のことを見てもらえますか」


長い間温めてきた大切な想い。日々膨れ上がるそれがもはや手に負えなくなってきていた。
玉砕覚悟だから妙に冷静に問いかけられたつもりだったけれど、言ってしまった後では次第に体中が熱くなってくる。
緊張のために息も止まっている私に対して、こちらを見上げた大尉の顔はキョトンとしていた。


「…どういう意味?」

「ずっと好きでした。大尉のこと」

「……△△、」

「分不相応だってわかってます。でも、だからせめてもっと必要とされたいんです」


ダメ元だとしても拒絶の言葉を聞きたくなくて、遮るようにたたみ掛ける。
大尉は私から視線を外し、手にしていた書類の束をぱさりと手放して溜息を一つ吐いた。
私はそれに酷く傷付いて、言わなきゃよかったと後悔する。
やはり迷惑だっただろうか。
出てくるであろう拒絶の言葉に身構える。
大尉は背凭れに寄り掛かって机の引き出しからシガレットケースを取り出した。そこから取った葉巻を指先で転がしながら、この緊迫した短い時間を楽しむかのように思案する。
切り捨てるならいっそのこと一思いにさっさとやってほしいと目を瞑ったその時、大尉が口を開いた。


「どうしたらも何も、昔からあなたしか見てないわよ」

「え?」


顔を上げると大尉はいつも通りの涼しい顔で葉巻に火をつけた。
間抜けな声で問いかけることしかできない私を見て大尉が笑う。
吐き出された煙は暢気にたゆたいながら虚空に消えていく。


「△△の気持ちを尊重したかったから我慢していたのに、まさか気付いていなかったなんてね」

「うそ…」


正直脈はないと思っていたから予想外の返答に呆けてしまう。


「お望みなら証拠に愛を囁いてあげるけど?」

「それ、からかってるとかじゃないですよね?」

「その方がいい?」

「まさかっ!」


ぶんぶんと首を横に振る私を見て大尉は微笑んだ。
今までもふとした瞬間、極稀にそんな表情を目にすることができたけど、やっぱり好きだなぁと再認識させられてしまう。
いつものカッコいい大尉も好きだけれど、私たち同志に対して母性の様ともいえる愛情を注いでくれる大尉が好きだった。
そんなことを考えて見惚れていたせいか、大尉は不思議そうな顔をする。


「どうかした?」

「あ、いえ。その…大尉のそういうお顔、もっと見ていたいなあと思いまして。たくさんある大尉の好きなところの一つです」


照れ臭いけれど素直に告げると、大尉は顔の前で組んだ両手に額をつけて溜息を吐いた。
表情が見えないからよくわからないけれど、また変なことを言ってしまったのだろうか。


「た、大尉?」


問いかけると大尉はその姿勢のまま呟いた。


「あなたには敵わないわねぇ」

「えっ?」


緩慢な動作で顔を上げる大尉。


「まるで殺し文句ね」


さっきの発言のことだと思い至り、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
思ったことをそのまま言っただけなのだけれど。


「そうですか…?」

「まあいいわ。思ったままを言ってくれたんでしょうけど、ああいうことをあまり他の人に気軽に言わないことね」

「大尉にしか言いませんよ」

「それは賢明ね」

「大尉の部下ですから」


わざと鼻高々に返すと、大尉は意地悪な顔をして言った。


「あら、部下という立場で満足?」

「い、いえ!満足しないです!!」


思わず前のめりで答える私を大尉が笑う。


「本当面白いわねあなたは」

「う…」

「さて、帰りましょうか。早く帰れる日はさっさと切り上げないとね」

「はい!」

「ああ、でも△△。あなたは帰らせないわよ?」


思わず呆然と立ち尽くしてしまう。私だけ何か仕事を頼まれるのだろうか。
そんな私を見て大尉はふっと笑った。


「ばかね、私の家からって意味よ。さ、行きましょうか」


そう言いつつ私を置いて颯爽とドアへと向かう大尉。その背中をぽかんと眺めながら言葉の意味を咀嚼する。
心の準備が追いつかず突っ立ったままでいると、大尉は廊下への扉を開いて肩越しに振り返った。


「来るの?来ないの?」

「い、行きます!!」


瞬時の判断で宣誓し、ソファの上に置きっぱなしだった鞄を引ったくる。
駆け寄ったところで大尉はふと思い立ったように、開いていた扉を再び閉めた。
何事かと思っていると、


「△△、」

「はい」


こちらを見下ろす大尉の眼差しはいつものように優しい。でもどこか初めて見る気がするな、なんて思っていると顎を取られて理解し、―――――。






――初めて交わしたキスは優しくて葉巻の味がした。



激しかったわけではないけれど静かな情熱がそこに込められていて、唇が離れた瞬間膝がくずおれそうになる。
咄嗟に腰を取って支えてくれた大尉はにやりと笑みを浮かべた。


「腰が抜けるにはまだ早いわよ」

「す、すみません…」


真っ赤になって身を縮こまらせる私に、大尉は困ったように微笑んだ。


「ごめんなさいね。家まで我慢できそうになかったから」


熱い頬をそっと撫でてくれるその表情は今まで見た中で一番魅力的で、私はまた恋に落ちたのだった。







***
15.12.23

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