夢小説

□今宵、あなたに会いに行きます
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今夜はクリスマスイヴ。街中のカップルが一年で最も浮き足立つ日。
私も周りのカップルと同じように、イルミネーションに彩られた街をエダと腕を組んで歩いて、お洒落なレストランでX'masディナーをして、そこで互いにプレゼントを贈り合う。
一見マニュアル通りのクリスマスデートプランだろうがそんなことは問題じゃない。
エダと一緒ならそれだけでスペシャルなのだ。
本当だったらそのはずだった。隣にいるはずのエダは、今ここにはいない。


数日前に電話があった。今年も会えそうにない。そう申し訳なさそうに謝るエダを困らせたくなくて、心とは裏腹に大丈夫だと強がってみせた。
それを今更後悔する。ほんの少しだけ、我儘を言っていたらどうなっていただろうか。
そうしたらエダは無理を押して帰ってきてくれただろうか――。
エダのことを考えていたら、自然と足が向かっていたらしい。彼女が海の向こうに赴任する前、二人でよく来ていた喫茶店。
そこにいるはずもないのに、私は少しでもエダを感じたくて扉を開いた。
初老の夫婦や待ち合わせをしているらしい若者たちで店内は混み合っていたけれど、タイミングよく一席だけ空いていたカウンターに通される。
私が席に着くのと入れ替わりに隣の男性が席を立つ。すれ違いざまに肩がぶつかった。
その時、このカウンターでエダと肩を寄せ合いながら、たわいもない話をして笑いあったのを思い出す。
昔からコーヒーが苦手な私は、よくエダに子供みたいとからかわれた。
エダの頼んだブラックコーヒーを一口貰ってあまりの苦さに顔を顰めたら、ふんだんに砂糖を入れた私のミルクティーを飲んだエダが甘ったるい、と顔を顰めたこともあったっけ。
何年前のことだっただろうかと思い返すも、3年か4年か、それとももっと前か。
ぼんやりと考えていると頼んだケーキセットが運ばれてきた。
このケーキも、ミルクティーも変わらない味をしている。
私たちも、変わっていない。海を挟んで遠距離をして何年もたつのに、初めて空港で見送ったあの日から何も変わらないままだ。
いつまで、私はエダを待っていればいいのだろうか。
店に入った当初の思いとは反対に、気分が余計落ち込んできてしまった。
そうすると楽しげに話しているカップルばかりが目についてしまう。ケーキを食べ切ると早々に店を出た。
途端、北風が吹きつける。町はこんなに賑やかなのに、手袋もマフラーも暖かいのに、心に隙間風が吹く。
結局、エダがいないと何だって楽しくないのだ。
さっさと家に帰ろう。あったかいお風呂に入って、高いシャンパンを空けて、お気に入りの恋愛映画でも見ながら飲もう。
そう思って駅に向かおうと二、三歩踏み出した時、聞きなれた声が私を呼び止めた。


「そこの可愛いお嬢さん」


初めは聞き間違いかと思った。声質が似ているだけの他人だと。
けれど振り返ってその姿を認めれば、そこに立っていたのは恋しい恋しいエダだった。


「なんで…!?」

「電話して以来、あなたの生霊が毎晩枕元に立つものだから。全く敵わない…っと」

「エダー!」


私は嬉しさの余り飛びついた。エダは勢いよく胸に飛び込んだ私をしっかりと受け止めてくれる。


「急いで仕事片付けて飛んできたからプレゼント用意できなくて。こっちで買うつもりでお店に向かってたのよ。一緒に見に行きましょう。バッグがいい?ネックレス?指輪だっていいのよ」

「そんなもの要らないよ。エダが会いに来てくれたことが最高のプレゼントだよ」

「あら、助かるわ。ところで私はブランド物のバッグが欲しいんだけれど」

「えっ、この流れで自分はプレゼントねだるの!」

「冗談よ」

「まったくもー」


相変わらずの私たちらしいやり取りに顔が綻ぶ。


「…私も、△△に会えただけでも十分よ」


エダは優しい声でそう言うと、雑踏の中で触れるだけの短いキスをくれた。ほんの一瞬、二人だけの世界が出来上がる。


「…こんな街中でするなんて」

「素直に嬉しいって言えばもう一度してあげるのに」


照れくさくて俯いた私にエダが言う。


「えっ」


咄嗟に顔を上げるとエダは満足気にニヤニヤしている。
やっぱり何でもお見通しらしい。私は観念した。


「…うれしいに決まってるじゃん」


その途端抱きしめられる。
そして贈られた口付けはさっきとは違う深いもので、エダもちゃんと寂しく思っていてくれたのだと気付いた。
唇を離すと今度こそ顔を上げられなくなった私の頭を、エダは優しく撫でてくれる。
そんなエダの温かさに、凍えて震えていた心はいつの間にか温もりを取り戻していた。







Title:今宵、あなたに会いに行きます
by 深夜の夢小説60分1本勝負@DN60_1



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15.12.25

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