夢小説

□Green eyed monster
1ページ/1ページ








時計の針は午前二時を回っていた。手持無沙汰で始めた銃の手入れもとうに終わっている。
なんとなくつけっぱなしだった深夜番組を眺めているのも飽きて、もう何杯目かわからないグラスを乱暴に煽りテレビの電源を消した。
というよりも胸に燻る苛立ちでおとなしくテレビを見ているのが堪えきれなくなったからだったが。
その時扉の向こうから靴音が聞こえた。
今では音を聞いただけで△△だとわかってしまう。
足音はいつもよりも若干おぼつかなくて、酔っぱらっているのは明白だった。あたしの感情はより荒立つ。
鍵を探しているのか、部屋の前で立ち止まったままなかなか入ってこないのに痺れを切らし、ドアを開けてやった。


「こんな時間に一人で外を出歩くなんて感心しねえな」
「帰ってたんだ、エダ」


△△は危ういバランスでゆらりと顔を上げて部屋へと踏み入った。
一週間ぶりに恋人が帰ったというのに緩い笑顔で△△は続ける。


「なあに。心配してくれるの」
「お前の場合、酔ってると例え相手が丸腰でも簡単にやられそうだからな」
「だーいじょうぶ。すぐ下まで送ってもらったから」


努めて冷静に話をするつもりだったが、締まりのない笑顔でそんなことをのたまいやがったことにイラッときた。
細い手首を乱暴に掴み上げる。


「った、い」


きつく握りしめられた痛みに△△は顔を顰めた。
あたしはそんなことは意に介さず低い声で問いつめる。


「誰に」
「…ロットンだよ」


あの優男か。インド女の件を思い出す。
あの後この街に居ついたらしいあいつにあたしは深くは関わっていないけれど、△△はですだよやゴスロリ女と同様に酒を酌み交わすこともあるらしい。(△△が言うに、奴はミルクらしいが)
見境なく女に手を出すような奴には見えないが、はいそうですかと引き下がるには虫の居所が悪かった。
さらに距離を詰め、それに合わせて△△が身じろいだその時、酒の臭いの他に嗅ぎなれない匂いが香った。


「どこでつけてきた?」
「え?」
「香水の匂いがする」
「……あ、もしかしてシェンホアかな。でも話が盛り上がってちょっとハグしただけ…っ」


△△の首筋にかぶりつき、きつく吸った。


「お前は誰のものだよ?」
「…っ!エダ、そこ見えちゃう、」
「こうやって見えるようにしとかないとわからねぇか?」


逐一本国に報告を入れなければならないあたしが、一般人と生活を共にするのにどれだけ多大なリスクを背負っているか。
バレたらあることないこと詮索されて面倒なことになるのは目に見えている。
それでも△△と四六時中一緒にいたかった。くるくる変わる表情を一つも見逃したくなかったし、時間やスコールなんか気にせずに抱いていたかった。
△△が知り得ることではないけれど、この生活はその二つを天秤にかけた上でしていることなのだ。
それだけ溺れてしまっていることをもっと真剣に受け止めてくれてもいいんじゃないかと思う。
天下の大国家の工作員をしているこのあたしが、情けないことだけれど骨抜きなのだ、この年下の小娘に。
外ではそう見せないし本人に対しても絶対に口に出さないけれど。
とにかくこいつは隙がありすぎる。それがあたしが唯一持っている不満だった。


「…っエダ!」


抵抗する△△をなおもきつく抱いて口付けた。下唇を強く噛むと、あたしの服を掴む力が強くなる。
そして今度は噛んだところを甘く舐めて、


「心配しただろうが」


髪を撫でながら囁いてみせると△△の方から舌を伸ばしてきた。
酷くした後に優しくされるのがこいつのお気に入りなのはあたしだけが知っていることだ。
服の下の体のラインも、普段見えない部分のどこに黒子があるのかも、あたしだけが知っている。
ほくそ笑みながら舌を吸う。
重ねた唇から生まれる音と誰に対するものかも知れない優越感が、ぞわりと体の芯を熱くさせた。


「んぅ…っ」


零れ出た声はすでに色を孕んでいる。もはや完全にあたしのペースだった。
△△のキャミソールの裾から手を忍ばせ背中を舐めるように這わせる。
この甘い声も、背中に回された華奢な掌も、柔らかな乳房も、全部全部あたしのものだ。
それを今一度△△に教育するために、独占欲を満たすために、△△をベッドに押し倒した。





―――
――




「あたしがいない時に一人で飲みに行くんじゃねーよ」


心地良い倦怠感に身を委ね、あたしの腕枕でうとうとする△△に告げる。


「ねえねえ。それって束縛?」


△△は眠たげな瞳でこちらを見上げてにんまりと笑みを浮かべる。面白がっているのかそれとも嬉しいのか、恐らくその両方だろう。


「ただの躾」
「聞こえがいいですねぇ」
「ふん。大体、他の奴の匂いなんかつけて帰ってくんなアホ」
「だったらエダも来て監視でもしてればよかったじゃない」
「シスターの使いっ走りされてたんだから仕方ないだろ」
「一週間も?」
「一週間も」
「ふぅん…」


△△は納得のいかない表情で口を尖らせる。勿論使いっ走りなんてデタラメで、本当は上司に呼ばれて本国に戻っていたのだ。
でもシスターは利益がある限りあたしの会社と共同歩調を取る。つまりはあたしの秘密を守ることに協力してくれる。
シスターが口裏を合わせてくれている以上、こいつに無用な心配やとばっちりを与えずに済むのだ。
仮にあたしの正体を知って何がどうなったとしても、あたしは△△を手放す気はさらさらない。
だから余計なことは考えず、


「お前はあたしのことだけ見てりゃいいんだよ」


照れ隠しにわざとぶっきらぼうに言ったつもりが、客観的に振り返ると思いの外優しい声色だった気がして恥ずかしくなる。
見ると△△はもう夢の中だったけれど、こんなあたしの姿はこいつにしか見せられないなと、つくづくそう思った。






***
16.01.03

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ