夢小説

□その熱で全部覆い尽くしてくれたとしたら
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注文していた銃を納品に来た△△を飲みに誘ってみると、△△は嬉しそうに承諾した。


「あと数軒回らなきゃならないんですが、急いで終わらせます!」
「私も仕事がまだかかりそうだし急がなくていいわ。教会に迎えに行くから待ってて」
「わかりました。お待ちしています」


満面の笑みを見せてくれたことに内心でほっとする。
残念ながら恋愛感情としてではないにせよ、彼女が私に好感を抱いているのはわかっていたけれど、私の立場のために遠慮されるかもしれないと懸念していたのだ。
私とは仕事の関係で繋がっている△△としては、酒の場に乗じて面倒な注文を吹っ掛けられる心配をしても無理はない。また、自分で言うのもなんだがロシアンマフィアのタイ支部頭目とサシで飲む姿を下衆な輩に見られたら面倒な噂を立てられる可能性も考えられた。
そういったことを△△が思い至らないなんてことはないはずで、なのに私の提案を心から喜んでくれたのは嬉しかった。
用件が済んだ後もたわいないお喋りをして、ついでにお茶まで飲んでいったりする関係だったが、ビジネスの場以外で会うのはこれが初めてだった。
仕事を終えてそのまま部下の運転する車で教会まで行くと、△△はすでに外で待っていた。
白いブラウスとネイビーに花柄があしらわれたフレアスカートはよく似合っていて、褒めると照れ臭そうにはにかんだ。
この街ではそうお目に掛かれない、純真な笑顔、無垢な魂。私がとうの昔に、祖国に置いてきたものだ。邪な欲望が横行し血と硝煙に塗れたこの街に住んでなお、失われない彼女のそれらに、私は惹かれている。


「バラライカさんとだからとっておきの服を選んだんです」
「…それは光栄ね」


そう簡単に嬉しいことを言わないでほしい。勘違いしてしまいそうな自分を叱咤する。
△△の私への好意は憧憬に過ぎない。いつだったか、そう言っていた。私の権力、強さ、それらを前にするといかに自分が幼くちっぽけな存在なのかということを知らしめられると。そして私に憧れるのだと。
その時はまかり間違っても私のようにはならない方がいいと窘めたけれど、△△が私に抱く感情が近しい存在に対する好意というよりも手の届かない存在に対する憧れだったことに、ひっそりと肩を落とした。
敬慕を情愛に変化させるにはどう彼女を口説けばいいのだろうか。どう彼女を包み込めばいいのだろうか。そもそも私のような人間が彼女のまっさらな心に触れることは許されるのだろうか――。




△△をこの街では最高ランクに位置するホテルのバーに連れていくと、期待していた通り無邪気に喜んでくれた。そして街を一望できる窓際のカウンターで乾杯したのは一時間前にも満たない。
なのに△△はもうすでにアルコールが回っていた。


「あなたこんなに弱かったの?」
「そんなことないんですけどねぇ。何でだろう」


平衡感覚を失いつつあるのか、ゆらりと体をこちらに傾かせて△△は答えた。


「緊張してるからかもしれないです」
「緊張?」
「バラライカさんとこうして二人きりで飲めるなんて身に余る光栄で」
「嫌ねそんな言い方。私今夜は友人として誘ったのに」
「ええっ、本当ですか。本当に有難いです。ありがとうございます」
「だからそういうお礼とか要らないわよ」


ただ私との時間を楽しんでくれればいい。そう思ったが、今伝えたとしても酔っているこの子に真意は伝わらないだろう。
私は小さく苦笑して丁度そばを通りがかったウエイターにチェックを依頼した。
早いお開きだと思ったのかキョトンとしている△△に告げる。


「明日も仕事でしょ。この辺にしときましょ」
「うぅ。すみません、ペース配分できなくて」
「いいのよ。その代わり今度飲むときはもう少し長く一緒したいわね」
「はい。ぜひよろしくお願いします」


ばつが悪そうに椅子から降りる△△に手を差し伸べる。


「すみません」
「どういたしまして」


素直に私の手を取った△△の手は小さくて柔らかくて熱かった。しかし、すぐにするりと離れていく。
指に残る感触を恋しく思いながら、△△の屈託のない明るさがその熱さたらしめているのかとふと思う。
私の掌はどうだろうか。もう随分長いこと人と手を繋いだことはない。必然、私の手の温度に感想を述べてもらうこともなかった。
この子が私の手を選んでくれたら。そうすれば誰の手も取れないと思っていたこの手も、握り返すことができるだろうか。
出口に向かい先導していると、裾を引かれた。驚いて振り返ると△△が私のジャケットの裾を掴んでいた。


「バラライカさん、ちょっと早いです」
「あ…ごめんなさい」


席を立ってみると思っていたより酔いが回っていたのだろう。足元は覚束なくて、上瞼と下瞼は今にもくっつきそうになっている。
一瞬躊躇ったが、あまりに頼りない様子なので△△の肩を抱いてバーを出た。
エレベーターに乗り込み、煩悩を振り払うかのように階数表示を眺める。高層階から1階に降りるまでの数十秒。この狭い空間には幸いにも私たち二人きり。
隣には意識が朧げな△△がいて、このホテルの幾多の部屋の一つに連れ込んでしまえたらと、出来もしないことを思う。
そんな時、うとうとする△△がことん、と頭を私の肩に預けてきた。


「△△?」
「すみません、とても眠たくて」


甘い香りが鼻先をくすぐって、私は思わず△△を抱き寄せた。夢見心地だから、明日目を覚ました時には今こうしていることもきっとよく覚えていないだろう。
華奢な体はほんの少し力を込めたら折れてしまいそうで、けれど生きる力に満ち満ちて熱かった。
死者の私と生者の彼女。
△△の温かな光は私の冷たい闇を凌駕しうるだろうか。
そう思った瞬間、△△がそっと私の手に触れた。


「バラライカさんの手、あったかいですねぇ」


酔っぱらいの戯言。だとしても、私はその時確かに夢想した。この小さな箱が地上に着くまでの僅かな時間に、△△と生きる未来を。
私の手に触れ、そしてそれが温かいのだと気付かせてくれるこの子となら、この街では生者として生きることが最も愚かなことだとわかっていても、生きてみたいと思った。






title:もう少し、このままで
by 夢書き深夜の真剣執筆60分一本勝負@60min_write


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16.01.18

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