夢小説

□26時の魔法をかけて
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ベッドに入って一時間。まだ眠れない。
ヘックスと同室になるのは初めてじゃない。私が部隊に入ったばかりの頃は基本別室だったけど、シングルの空きがない時にはツインを取ることもあった。
最初は若干の居心地の悪さがあった。ヘックスに対して苦手意識が多少なりとも残っているのに、ストレートに好意を向けてこられては困ってしまう。
でも仕事にせよプライベートにせよ、共に過ごす時間が積み重なっていくにつれて一つの部屋で一緒に過ごすことを楽しんでいる自分がいた。
別に特別なことをしているわけではない。仕事の話をすることもあれば他愛のない話をしたり、たまにヘックスに口説かれて、私はからかわないでと頬を膨らませ、それを笑われて、眠くなったら眠る。
最近は今日泊まるホテルが部屋に余裕がなければいいなんて思ったりする。でもそれはヘックスと話すのが楽しいからで、それ以外には何もない。
何もないはずなのに、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。シングルがないならいつもはツインだけど今日はダブルの部屋しか取れなかった。それは初めてのことだけどそれ以外は普段と何も変わらないのに。
私がこんな時間まで眠れないのは、部屋に入った時にヘックスが「ダブルだなんて、何か起こっちゃうかもしれないわねぇ」なんて意味深に笑ったりなんてするからだ。そのくせ電気を消したらあっさりとおやすみを言ったりするからだ。変に緊張していた私がバカみたいで恥ずかしいからだ。
悶々とする寝苦しさに寝返りを打つと、ヘックスはこちらに背を向けていた。規則正しく肩が上下する。
眠っているのかな。
途端にむくむくと興味が湧いてくる。
そういえばヘックスの寝顔をちゃんと見たことがなかったように思う。ヘックスは私より先に眠ったことがないし私より遅く起きることもなかったから。
ヘックスを起こさないよう静かに身を起こす。そっと覗き込んでみると、なるほど確かに穏やかな呼吸をしながら眠っている。
と、ヘックスが寝返りを打って仰向けになった。起こしてしまったかとヒヤヒヤしたけれど、どうやらそうではないようでホッとする。
厚いカーテンは月光を遮り、目が暗闇に慣れ切っているとはいえ寝顔観察には明るさが足りなかった。ベットサイドのランプのスイッチをそっと回した。暖色系の光が灯る。
じっくりと眺めてみると、こんなところに黒子があるとか睫毛が長いことに気付くことができた。そしてキレイな顔立ちに改めて見とれてしまう。
そんなことをしている間に、信じがたいことに良からぬ欲求が浮かんでしまって私は慌てて頭を振った。
…それなのに、その思いは一度浮かんでしまえばますます色を濃くして私を唆す。
泰然とした彼女らしい間延びした話し方をしたと思えば、仕事ともなるとテキパキと的確な指示を飛ばし、かと思えば甘い言葉で口説いてくる。そんな唇に触れてみたいと思ってしまったのだ。
ヘックスは深い眠りに入っているように見える。気付けば、私は引き寄せられるように口付けていた。
女の人とキスをしたのは初めてだった。今までの誰よりもその唇は柔らかい。
すぐに唇を離したのは、それ以上触れていると離れがたくなってしまいそうだったから。
しかし、その瞬間いきなり後頭部を抑えつけられ、強制的に再びキスしていた。
それだけでも慌てるのに、寝ていたはずのヘックスが舌を伸ばしてきた。私は突然の出来事に目を白黒させるしかない。
ヘックスの舌が私のそれを捉える。絡め、擽り、吸う。引き摺り込まれそうな程の口付け。状況についていけずされるがままになる。
けれどそう長い時間ではなかったのだろう。呼吸困難に陥る前に解放された。


「へ、ヘックス……!?」
「ご馳走様」


今触れたばかりの口元が満足気に弧を描く。


「起きてたんですか!?」
「まぁ、ねぇ」


思わず尻餅をついた私はパニクっていた。それに対してヘックスは落ち着いた様子で頬杖をついてこちらを見やる。


「そんなっ!っていうか、今、今、キス…!」
「ついにしちゃったわねぇ」
「なんで…」
「なんでって、じゃあ先にキスしたあなたはどうして?」
「あ、えと…それは…」


口籠もる私をヘックスはくすくす笑う。


「な、なんで笑うんですかっ」


気恥ずかしさからつい語尾がキツくなる。ヘックスはそんな私の手にそっと触れた。


「まさか△△の方が先に限界になるとはねぇ」
「試してたんですか?」
「試してたっていうより、私が試されてた感覚だったけどねぇ。限界ギリギリだったわぁ。そしたら△△の方からキスしてくれたから、我慢できなくてつい引き寄せちゃった。嫌だった?」


そう聞かれると困ってしまう。ヘックスのことは好きなんだと思う。けれど恋愛対象としてなのか自分でもわからない。
キスしたいと思えるなら、この”好き”は恋愛感情の”好き”…?
ていうか、この人はどうして言葉とは裏腹に自信ありげな顔をしているのか。
いやいや、それよりも、手首から肘へ、肘から肩へ。Tシャツから伸びた私の腕をするすると撫でるように上がっていくヘックスの手。
優しさが込められたその一方で、有無を言わせない意志の強さを感じる。
けれど奥へ奥へと引き込まれるようなその感覚に自ら応える勇気は、生憎まだ持ち合わせていなくて。
魔女の魔術にかけられたかのように、真っ直ぐに見つめてくる深緑色の瞳から目を逸らすこともできず、後頭部に辿り着いた掌に再び引き寄せられるまで、息をするのも忘れていた。






***
16.1.28

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