夢小説

□銀河の果てまで
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通りを歩いていると一台のバイクが爆音を響かせつつ私を追い越した。
スピードダウンしていたそれにつられるように視線をやると、見覚えのある長い金髪がヴェールから見え隠れしている。この辺であんなに綺麗な金色の髪を持つ者は数える程だ。それに加えて見慣れた尼僧服なのもあって誰なのかはすぐわかる。
エダはほんの数歩先でそのデカいアメリカンバイクを止めると肩越しに振り返った。


「よォ△△。何してんのさ」
「月夜の散歩。エダこんなバイク持ってたんだ?初めて見た!超かっこいい!」
「まあたまにしか乗らないしねェ」


どうということでもないような返事だが、エダは満更でもなさそうな顔をする。
バイクよりもそれに乗るエダがかっこいいって意味だけど。でもそれはいつか気持ちを伝えることができる日まで、心の中に秘めておこう。


「後ろに乗ってみる?」
「いいの?」
「その代わり高いぜ」
「仕方ないなー。体で払うよ」


勿論ただのベタな冗談だけれど、実際口にするのは何気に緊張した。
この“冗談”にエダがどう返してくれるのかを笑顔を張り付けながら待つ。


「お?言ったな?アタシのテクを甘く見んなよ」


エダは当然冗談で返す。
けれど私の提案を受け入れるそのセリフは逆に私を舞い上がらせ、殆ど上の空で答える。


「望むところよ」
「強気だねぇ。アタシとヤったら他には戻れないけど覚悟ある?」
「エダこそ強気ですねぇ」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
「……アホか」
「だね」


この会話の着地点はどこなのか、このままだとどんどんフェーズが上がっていきそうでハラハラしていたけれど、無事に収束してほっとする。
本音を言えば上手い方向に話が転んで、「じゃーマジでヤってみる?」なんて展開になれば願ったり叶ったりだった。けれど人生そう上手くいかないことはわかっているのだ。


「…まあいいや。乗れよ」
「うん。てか私バイク乘るの初めて!」
「あら。そーなの?じゃー初体験だな」
「エダが言うといちいちいやらしい意味を感じる」
「意識しすぎっしょ。もしかしてホントに抱かれたい?」
「は!?バカじゃないの!?」
「アッハッハ!」


図星を突かれて思わず大きな声が出る。対してエダはいつもと変わらない、気分がいい時の笑い方で笑う。
でも察しの良いエダのことだからその仮面の下では私の気持ちに勘付いてしまったかもしれない。
そう思うと、恥ずかしさで熱くなった体もエダには真っ赤に見えているのかもと思えてしまって、さらに顔に熱が集まる。
けれどここは冷静にならなければ。


「そんな風に受け取れる程自分に自信を持ちたいわぁ」
「日本人て遠慮しがちっていうか自信をひけらかさないよな」
「そういう民族なの。…乗るよ?」
「おう」


と言いつつ、バイクに乗せてもらうどころか、触れたことも記憶にあるかどうかな私はシートに座るのも覚束ない。


「ほら。手」
「ありがと」


手間取っていると見兼ねたエダが手を差し出してくれた。
王子様とお姫様みたいとガラにもないことを考えて、にやけそうになる。
幸いにもエダは乗せてもらう嬉しさからの笑みだと思ったようで突っ込まれずに済んだ。
助けてもらってシートに腰を落ち着けると、自分の足で歩いている時の視界とは違って見えてなんだかワクワクする。


「ちゃんと掴まってろよ」
「うん」


エンジンをかけながら忠告を寄越すエダに頷いて、おっかなびっくり腰に腕を回す。


「それじゃ振り落とされるって」


エダは触れるか触れないかの位置で収まっていた私の腕を取って、しっかりと腰にしがみ付かせる。


「……っ」


必然、体が密着する形になる。普段から盗み見てはいたが、触れてみると思っていたよりも細い腰にドキリと胸が高鳴る。
エダの背中の温もりが体の前面へと伝わってきて、エダってこんなにあったかいんだ、と緊張している割にはまるで新種の生物に触った時みたいなアホっぽい感想が浮かんだ。
タンデムできるというだけでもテンションがだだ上がりなのに、本人はいたって平静だ。
こういうことに慣れているのか。直接問い質す勇気がない以上想像を巡らせても無駄でしかないのに、今まで何人ここに乗せたのだろうと考えてしまう。
そんな中ふと気付いたのは、やになるくらいこの早い鼓動。エダに伝わってしまってはいないだろうか。
けれど私の心配をよそに、エダは「行くぞ」と声を上げた。
途端、後ろへ引っ張られる感覚を覚えて思わず回した腕をきつくする。


「どうだ△△、サイコーだろ!?」
「え!?」
「サイコーだろ?って!」
「うん!すごい!」


騒々しい音に掻き消されそうなエダの声を必死に探り取る。
小学生でも言えそうだがそれが率直なコメントだった。
エダは満足したらしくふっと笑ったけれど、後ろに乗っている私は気付くわけもない。


「どこまで行きたい?」
「…エダの行きたいところまで!」
「オーケー」


エダは当てがあるのか、スピードを上げた。
私たちの横を流れていく街並みは汚くて血と硝煙に塗れているのに、まるで別世界のもののように見える。
色とりどりのネオンや窓の明かりが流星のように尾を引いていく。
エダと一緒ならどこまででも行きたい。
この時間ができるだけ長く続くように、エダの“行きたいところ”ができるだけ遠くであるように。
そっと願って、温かな背中に額を寄せた。







***
16.03.11

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