夢小説

□嵐と蝶と花と
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陽も暮れた頃合いに『情報収集』を終えてホテルの一室に戻ってくると、迎えてくれた想い人は不機嫌な表情をしていた。
おかえりとドアを開けてはくれたけれどいつもの明るさはなく刺々しい空気を纏っている。
元々私のやり方にいい印象を抱いていなかったのはわかっていたが、近頃はそれを隠さなくなった。
△△はただいまを告げた私を置いてさっさと部屋の奥に戻り、ソファの上で胡坐をかいてその上に乗せたノートPCと睨めっこを再開する。
私は僅かに苦笑した。バリアを張るように仕事に集中するのは不機嫌な時だというのもとうに知っている。
そろそろ核心に触れてもいい頃合いかもしれない。
こちらできっかけを作らないときっとこの子は自分の気持ちを吐露してくれないだろうし、私もこんな関係を続けていくことに限界が近づいていた。
そんなことをつらつらと考えていると、△△が口を開いた。

「ちょっと前に電話ありましたよ」
「誰から?」
「ヘックスがさっきまで会ってた奴」
「それで?」
「+αの情報貰いました。……なんかサービスしたんですか?」

私の携帯ではなくあえて△△に電話をかけてくるなんて、低俗な男だ。
一度寝ただけでこの子にマウンティングをかけようとするなんて浅はかとしか言いようがない。
それを鑑みて思い返すと、確かに言動の端々に性欲からだけでない私への執着が見え隠れしていた。
鬱陶しいから後で潰しておきましょう。

「少しね」
「ふーん」

意地悪でそう返してみると興味のなさそうな固い声。でもその裏で動揺し傷付いているのが私にはわかる。
キーボードを叩く音が先程よりも僅かに大きいのがその証拠。自分から藪を突いてきて自ら機嫌を悪化させている。
そんな幼ささえ可愛らしく思えてしまうのだから相当だ。

「シャワー浴びるわねぇ」

私はわざと△△を放置して部屋の奥のシャワールームへと向かった。


――――
――



バスローブを身に纏って出てくると、△△は先程と同じソファの上で細腕を枕にこちらに背を向けて寝転がっていた。
さっきまで使っていたノートはローテーブルに押しやられ、可愛らしいスイーツの画像のスクリーンセーバーが暢気に起動している。
開け放したオーシャンビューの窓辺からは夜の地中海が見え、夏の生温い風が白いレースカーテンを膨らませていた。
こんな穏やかな夜は少し波風を立てさせたくなる。
――たった一言。好きだと言ってほしかった。ただそれだけ引き出せれば、そうしたら私も△△への誠意として、ハニートラップはやめるつもりだった。
それだけのことに随分時間がかかっているように思う。その間にも△△への想いはうず高く積み重なっていっているというのに。
だから、これから始めるのは、ほんの少しの復讐。

「…さっきの話だけど、言いたいことがあるなら言って欲しいわぁ」
「別にないです」

泣いているのはわかっているとでもいうように、少々面倒くさそうに言った。
素っ気なく聞こえる返事は少し震えている。ソファに腰掛けると△△は泣き顔を隠すように顔を背けた。
私は△△の細腕に手を添えて、つい今しがた吐いた言葉とは裏腹に優しく囁いた。

「△△のことは何でも知りたいの」
「……ヘックスがトラップかけた後にそいつと話したくないんです」
「なぜ」
「理由なんて。ただすごくイライラするだけです」
「…それ、一般的な表現だと嫉妬っていうのよぉ」
「嫉妬なんてしてません」

頑なな態度が子供のようで、思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて告げる。

「じゃああなただけに教えてあげましょうか」
「何をです?」
「あなたしか知りえない私」

バスローブの腰紐を解く。
露わになった裸の胸をそっと△△の腕に押し付け、言った。

「私が、好きな子のことをどんな風に抱くのか」
「!?ちょ…っ!」

突然感じた柔らかい感触に△△は振り向いて私を押しのけると、ソファの端に身を寄せた。

「あらぁ?」

私は心底不思議そうに首を傾げてみせる。
△△は慌てて私のあられもない姿を視界に入れないよう顔を背けた。

「な…、何してるんですか!」

『魔女』を意味するコードネームの通りに、妖しい魅力を纏って△△へと手を伸ばす。
唇に触れても△△は少し睫毛を伏せただけでまるで動かなかった。
少し力を入れると思いの外すんなりとこちらに顔を向ける。

「何って。△△だって嫌いじゃないでしょう?こういうこと」

その瞬間、△△の眉が顰められ私は強い力で押された。
後ろに倒れる際にアームレストに頭を打ったのだが、△△は気にも留めず私の上に乗りかかる。

「ばかにしないでください。そうやっていつもいつも私のことからかって、楽しいですか」
「――意外、あなたもこんなことできるのねぇ」

△△は苦しそうに顔を歪めていたが、問いを流されおまけに子ども扱いされたことでさっと血の気が上ったらしい。

「お望みならお応えしますよ。私だって色々経験してるんですよ、ヘックスは知らないでしょうけど」

当てつけのように吐き出された一言。
ああ可愛い。私の言葉にいちいち傷付いている。その傷付き震える心もか弱く小さな体も、もっともっと私に翻弄されればいい。
あなたの脳髄も動脈も静脈も。細胞液まですべて私で満たされればいい。

「じゃあそのテクを味わわせてもらおうかしら」
「いいですよ」

薄く笑ってみせるとそれにつられて△△も口端を上げた。けれどそんな泣いているみたいな顔で何ができるっていうの。
私の胸に伸ばされた腕を素早くを掴んで体勢を入れ替え、△△に馬乗りになる。その間およそ1秒。寝技の技術を持たない小娘など簡単だった。
△△の頭上にまとめ上げた両腕に力が籠められるが、私に敵うはずもなく。

「何を…っ!」
「やっぱりあなたに抱かれるより抱く方がいいわぁ」
「…っ」
「あなたのことからかって楽しいかって聞いたわねぇ。質問に答えてあげる。…楽しいわぁ、心底ね」

△△は傷付いた表情を見せた。けれど私の方がもっと長く辛い思いをしているでしょう。

「私がどんな気持ちであなたのこと想ってるかわかる?」
「ヘックスこそ、私がどんな気持ちでいるか知らないくせに…!」

知ってるわぁ。そんなこと知ってる。あなたが私のことを好きになりつつあること。あなたへの想いがありながら体を武器に情報を得続けている私が許せないこと。
知ってるけれど、私の想いはあなたのそれよりずっとずっと深いものよ。
だからまずは、つまらない意地なんか捨てて自分の気持ちに素直になってほしい。

「あなたは私を好きって言いながら他の人に抱かれてる。そういうこと、もうやめてください」
「どうして?」
「それは…そんなのは……あなたのこと、好きになっちゃったからに決まってるじゃないですか!」

ずっと待ち望んでいたその言葉は怒り混じりに吐き出された。
こちらを見上げる二つの褐色の目からぽろりと一筋の雫が零れ、それがきっかけのようにぽろぽろと涙が溢れてきたが、泣き声を殺すためか△△は唇を噛みしめている。つくづく、意地っ張りな子だと思う。
私は音も立てずに泣きながらこちらを睨み付けている△△の手首を解放し、掴んでいた部分をいたわるように撫でながら微笑んだ。

「ずっとその言葉を待ってたのよぉ。…ごめんなさい、痛かったでしょう」

△△はとめどなく流れる涙を隠すために顔を腕で覆った。

「そんなに噛みしめてたら可愛い唇が切れちゃうじゃない」

きつく結ばれた唇をほぐすように舌先でそっとなぞると△△はぴくりと身を竦ませる。
二、三度舐めるとうっすらと唇が開いて、そこから嗚咽が漏れだした。

「もう、△△の嫌がることはしないわ」

背中に腕が回され、バスローブをぎゅっと握られる。それが合図だったかのように△△にキスをした。

「愛してる。あなたのことだけを」

口付けの合間に告げたこの言葉にどれ程の想いが込められていたのか、この時の私がどれ程胸が締め付けられ切ない顔をしていたのか、目を閉じていた△△が知る由もないだろう。


私は一襲の嵐であろう、そしてあなたは一匹の蝶であればいい。私の風雨に打ちのめされてへとへとになったなら、その時は私は一輪の花になろう。甘い蜜を捧げ、眠る場所を与えよう。あなたを傷付けるのも癒すのも行方を決めるのも、いつだって私でありたい。
ねぇ、あなたはそんな風に人を愛したことがある――?






***
16.04.05

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