夢小説

□バスルームは欲の香り
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エダは寝苦しさに目を覚ました。うだるような暑さのせいかもしれない。今夜は特に気温が高いとテレビで天気予報士が伝えていたのを思い出す。
涼しい風を送ってくれていたエアコンはとうにタイマーが作動したらしく止まっている。
枕元に置かれた目覚まし時計は深夜3時を指そうとしていた。
△△の部屋で飲んでいた今夜は家に帰るのも面倒で、ベッドを半分借りて泊まることにしたのが数時間前のはず。
すぐ目の前には当然△△が寝ているはずだったが、暗闇に目を凝らしても姿はなかった。
気付けばバスルームから水音が聞こえていて、見遣ると明かりが漏れている。
こんな汗ばむ夜、自分もシャワーを浴びたい気持ちに駆られて身を起こしたその時、ちょっとした悪戯心が芽生えた。

(ちょっと驚かしてやるか。あいつはあたしが寝てると思ってるだろうし、急に声を掛けたら面白い反応を見せてくれたりしてな)

△△にしては珍しくついていたようで今夜のポーカーでは随分持っていかれてしまった。その仕返しには丁度いい、ともっともらしく自己完結して抜き足差し足でバスルームへと近付く。
シャワーの音はすでに止んでいたから物音を立てたら気付かれてしまう。ドアに手をかけてタイミングを見計らい、△△の仰天した顔を想像して吹き出しそうになるのを抑えていると中の△△に名前を呼ばれた。
バレていたのかとぎくりとしたが、はたと思えばこちらに問いかけているような声色ではなかった。
(でもなんで△△がバスルームであたしを?)
不審に思って向こう側の気配に耳をすませると。

「――……は…っ、…あっ…ん……あぁ……」

ドア越しに浮かぶ△△のシルエット。ぼんやりとしか見えないが△△の手の位置は。

(おいおい。ナニしてるんだ△△の奴!ナニか?ナニなのか?寝てたとはいえあたしが同じ部屋にいるってのに?っていうかあたしを考えて?まさかそんなわけ。いやでもこの辺に同名の人はいないし、)

「エダ…!」

今度はもっとはっきり聞こえた。耳に届いたその音は紛れもなく自分の名前で、同時にその声の艶っぽさも疑う余地なくその時のもので。

(△△の奴あたしのことをオカズに…!?)

エダがその二つの証拠から導き出した衝撃的な事実に目を白黒させている間にも、ドア一枚隔てた向こうで△△はエダを想って自らを慰めている。全裸で。俄には信じがたい現実。
エダが単に△△を悪友として見ていたらこの出来事にドン引きしていたかもしれない。だがエダはそうではなかった。
△△を好いていた。友情以上の感情でもって。
日々のじゃれ合いが思い起こされる。ふざけて胸を揉んだら揉み返してきたりそんな応酬をしたことはあるし、首に腕を巻き付けられたりハグされたり。
あれもこれもこっちとしては内心そういう気持ちを持ってしていたこと。△△もそうだった?いや、それはわからない。魔が差してしまっただけで今日はたまたま、最初で最後の過ちかもしれない。
そんな可能性ももちろん考えられたが、嬉々とした気持ちが湧き上がってくる。
普通に考えて一度の過ちで同性の名を呼ぶなんて有り得ない。△△がエダを想っていることは明白だった。
そこで悪魔が囁いた。ここで聞いていたくはないか、と。
悪趣味だと罵られようが構わない。この街にはろくでもない人間たちがひしめいているのだから、こんなのは悪趣味だと非難される程のことじゃない。△△の声をもっと聞いていたい、そんなやましい思いを隠すためにそう理由付け、後ろの壁に寄り掛かった。
不規則に上がる△△の嬌声。ドア一枚隔てた向こうでは温く湿った空気の中で悪友でもある想い人が昂る熱を慰めている。
△△の頭の中で自分はどんな風に描かれているのだろうか。優しく?激しく?少し乱暴に?わからない。△△はどんなふうに抱かれたがっているのだろう、今まで悪友として付き合ってきたこのあたしに。今までもこういうことを繰り返してきたのだろうか。夜毎、自分自身がそうしてきたように。
特別な感情を抱いているとはいえまだ恋愛関係にもなっていない友人の淫らな声を盗み聞きしている背徳感と、相手もこちらのことを想って股を濡らし自慰をしているという甘美な現実にごくりと喉が鳴る。

「ん…ぁ、はぁ…」

△△の艶のある声が鼓膜を打ち付ける。
口の中はカラカラだった。鼓動も早くなっている。下腹部が、疼く。

(そんなにあたしに抱かれたい?)

その時△△が再びエダの名を口走った。

「あ…っ。エダ…見て…っ」

切なげな一声、それが最後の一押しだった。

「いいぜ」

こんな熱烈なラブコールを受けたら答えないわけにはいかないし、エダとしてもそろそろ限界だった。
答えなど想定されていない呼びかけに返答すると△△は短い悲鳴を上げた。後ずさる足音が響く。

「……っ!?……え、エダ…っ?」
「ハァイ」

無遠慮にバスルームの扉を開けて語尾に音符がつくような声色で声を掛けると、△△は咄嗟に背を向けてしゃがみ込んだ。

「なっ、なんで…!」
「ん?なんでって、お前呼んだろあたしのこと」
「…っ、呼んでないし、なんでいるの!あっち行ってよ!」
「えー、あんなに熱烈に呼んでくれてたのに?つれないねェ」
「な…っ!そんなの知らない!バカ!いいからそこ閉めてよ!」

本当は泣きたいくらいの心境だろうに強がって怒りをぶつけてくるが、羞恥心で真っ赤になっている耳が見える。
可愛い反応にニヤニヤが止まらない。

「閉めたらまたあたしで続きすんの?」

この言葉が△△にとっての致命傷だった。う、と絞り出されるような声を皮切りに、泣き声が漏れだした。

「っごめんなさい…。お願いだから、嫌いにならないで。ごめ、なさいっ」

つい先程の強気な罵りとは裏腹に、叱られた子供のように謝罪の言葉を途切れ途切れに紡ぐ。エダはここで初めて言い過ぎたことに気付いた。まさか本当に泣かせてしまうとは。

「あ、あーーー、えーと、その、△△?…悪かった。からかいすぎた」

今更謝っても遅いということを泣き声の止まらない小さな背中からひしひしと感じる。普段からかっている時もそうで、いつも△△を怒らせてから後悔するのだ。苦し紛れにそばに置かれていたポップな花柄のバスタオルを背中にかけてやる。

「なんつーか、その。…可愛くてさ、いじりたくなっちゃって」

言わないだけでいつも思ってはいたのだが、思い切って『可愛い』なんて今まで△△に使ったことのない単語を出してみる。しかしその程度で涙が止まるわけもなく。

「だからさ、お前のこと嫌いになんてならないし、ていうか、なんつーか、」

居心地の悪さにぽりぽりと頭を掻く。思いは一つなのだが、悪友として積み重ねてきた今までの日々があるからこそ、躊躇してしまう。
しかしエダは意を決したようにバスルームの中に足を踏み入れて、△△の隣にしゃがみ込んだ。

「その、…嬉しかった、から」
「…え?それってどういう、」

予想だにしていなかった言葉を聞いて△△はキョトンとした顔を向けた。
あまりに純真なその表情に、エダは自分がしたことの罪悪感も相まって気まずくなる。

「どうもこうも、そういうこったよ」
「え、え。そういうことって…?」
「お前のこと好きだってこと。ずっと前からな。だから泣くなよ」

ぶっきらぼうに言い放って、△△の頭をガシガシとかき混ぜる。
暴力教会のクソ尼に好きだなんてピュアな言葉はあまりに不似合いすぎて、顔が熱い。
しかしそれを悟られないように宥めるように頭を撫でてやると、逆に感情が昂ってしまったのか再び泣き出す△△。

「っ、エダ…。でも、でも死ぬ程恥ずかしいよぉぉ」
「あーほら、泣くなって。あんまり泣くと目が腫れちまうだろ」

一度好きだと言ってしまえば、こんなにもすんなり優しくできたことにエダは驚いていた。
もっと早く伝えていればよかったかなと、そう思いながら△△の涙をぬぐう。
エダの裏のない優しさに△△のすすり泣きも収まってきた。

「落ち着いたか?」
「うん」
「よし、じゃあその鼻水まみれの顔、もっかいシャワー浴びて流せ」
「鼻水なんて出してないよ」

抗議しながらもいつもと同じノリにほっとしたのか、△△はようやく笑顔を見せた。

「ほら、手」

立ち上がって△△に手を差し伸べる。ありがと、とその手を取って立ち上がったその時、△△は濡れたタイルに足を滑らせた。

「キャッ」
「――っと。大丈夫か?」

エダはすんでのところで△△を抱き留めた。

「、うん」

△△が思わず瞑っていた瞼を開くと視線が絡まり、かなりの至近距離で抱き合っていることに気付かされた。
こちらを見あげてくる潤んだ瞳は不安げに揺れ、快感の余韻で頬や耳は赤く色づき、シャンプーで甘い香りを纏った髪はしっとりと濡れている。
それらは先程までふつふつと滾っていたエダの欲を再び呼び起こすのには十分過ぎた。



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