夢小説

□Dear my baby
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「おねーちゃん!」
「パパはまだかしらねぇ」
歳を聞くと3つ!と答えたちびっ子はヘックスに抱っこされて完全に甘えきっている。
△△はなんとなく苛立たしくて、そっと溜息を吐いてそっぽを向いた。





今日は△△もヘックスもオフで、たまのデートということでショッピングモールへ来ていた。この国で最大級のモールでとても広く、かつ日曜日で混雑しているためそんな状況ともなると子供が親とはぐれるのもありがちなことだし仕方がない。
△△が迷子になってべそをかいている幼稚園児くらいの男の子を見つけ、たまたますぐ近くにあった迷子預り所でスタッフに引き渡したところまでは別にいい。
けれど、さて役目は終了とその場を離れようとすると男児はヘックスの足にしがみついて駄々をこね出したのだ。
一緒に来たというパパがもうすぐ来るからと言い聞かせても、不安の方が勝つのか泣き出す始末。そのままにしておくこともできず、仕方なく親が迎えに来るまで一緒にいてあげることにしたのだった。

「そもそも最初に声を掛けたのは私なのになんでヘックスの方に懐いてるのよ」
「私の方が聞きたいわぁ」

△△は子供に対して愛想のないヘックスとその膝の上でキャッキャとご機嫌な男児を横目で一瞥し、溜息を吐く。初めはスタッフに与えてもらった絵本を△△が読んであげようとしたのだが、△△から絵本を奪ってヘックスに読み聞かせをねだったのにはスタッフも苦笑いしていた。
親御さんを呼び出すアナウンスは流してもらっているから親子の感動の再会までそう時間は掛からないだろうが、△△としてはこの展開は面白くない。
絵本が読み終わると男の子は抱っこをせがみ、ヘックスもやむを得ずご希望に応える形となった。ちびっ子はすっかり我が物顔でヘックスの胸に顔を埋め、安心したのかうとうとしている。

「子供好きじゃないけど、寝顔見ると可愛いわねぇ」
「やっぱりね。ヘックスと子供のツーショットってなんか違和感ー」

どう見てもヘックスが子供好きには見えなかったし実際に甘い顔を見せていた訳でもないが、この状況で改めて言われ、△△はなんとなくほっとした。
しかし何故か安心してしまった自分に自分で納得がいかず、憎まれ口が突いて出る。

「あらぁ。でもこの子は懐いてくれてるみたいだけど」
「私よりヘックスに懐くなんて、この子の将来が心配になるよ」
「それどういう意味?」

可愛げのない発言に対して、ニヤニヤと余裕の笑みで返される。
気持ちがさらに刺々しくなりかけたその時、30代くらいの男性が駆け込んできた。男性はヘックスに抱かれて眠っている自身の息子を見つけて名前を呼ぶと、男児はヘックスの膝から降り一目散に抱きついていった。

「息子がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいえ。大したことないので気にしないで下さいねぇ」

愛想笑いを返すヘックス、父親に抱かれながらヘックスに手を伸ばす男の子、そして爽やかな笑顔を浮かべる男性。
△△から見たその三人はまるで。だからこそ△△は彼らの輪の中に入っていくことができなかった。



――――
――




「ママとは出産で離れ離れだったのねぇ」

迷子預り所を出て、先程の男性――男の子の父親から聞いた話を振り返ってヘックスは言ったが、△△は黙ったままだった。

「あの子、おっぱいが恋しかったのかもねぇ」
「…かもね」

こちらも見ずに端的に返す△△の様子に、ヘックスはしたり顔で△△を覗き込む。

「△△も恋しい?」
「えっ?」
「子供に嫉妬するなんて大人げないわよぉ」

図星を突かれ、△△は素っ頓狂な声を上げた。ヘックスはニマニマしながら△△を眺めている。

「し、してないしそんなの!」
「そうかしらぁ?私と彼を見る目が煮え滾ってるように見えたけど」

あえて男児を”彼”と称するあたり意地が悪い。しかも肝心なところはわかっていない。
こんなに気持ちがささくれている理由は、ヘックスと二人では決して辿り着けない未来のワンシーンを容易く見せつけられてしまったからなのに。

「何よそれ…」

からかわれていることに対して悔しいのか、それとも男児に対してヤキモチを妬いていたことに対する気恥ずかしさからか、何より、ヘックスたち三人がまるで家族のようだったからなのか。△△自身わからないが奥歯を噛みしめる。
ヘックスもあの親子も、何も悪いことはしていないのに憎らしい気持ちが湧いてきてしまう。そんな醜い自分が嫌で、その気持ちが態度を頑なにしてしまう。じわりと目頭が熱くなる。やばい、と思って咄嗟に下を向いた。
すると、

「もう」

ヘックスの柔らかな声が聞こえたと思ったらくしゃくしゃと髪をかき混ぜられる。

「私はあなただけのものに決まってるでしょう」
「…知ってるもんそんなの」
「妻でも母親でもないわ」
「……知ってる」

やっぱりヘックスはいつも△△を見抜いて欲しがるものをくれる。言葉だってそうだ。そんなそつのなさにかえって意固地になってしまうというのに。

「泣かなくてもいいでしょうに」
「…泣いてないし」

ヘックスはますます俯く△△の手を引いて人通りの少ない通路に退避するとそっと抱き締めた。人混みから少し離れただけで喧騒が遠くなった気がする。

「よしよし、いい子だから泣かないの」
「子供扱いしないで。それに目カラカラ」
「ホテル戻ったらいっぱい甘やかしてあげるわねぇ」
「……」

満更でもなさそうな空気。もう一息で機嫌が直ることをヘックスは確信する。

「おっぱいも飲む?」
「な、赤ちゃんじゃないし!」
「冗談に決まってるでしょう」

△△が気恥ずかしさで染まった顔を上げて抗議すると、ヘックスは柔らかな笑みを浮かべた。

「やっと顔を上げたわねぇ。せっかくデートしてるんだから、ずっと私のことを見てなさい」

そして△△の頬に手を添えるとちゅ、と音を立てて唇を吸った。

「さ、行きましょう」

心臓によろしくないことをさらりとしておいて、本人は何でもない顔で手を差し伸べる。こういうのは狡い。とても狡い。可愛くない態度を取ってしまったことを謝ろうとしたのに、ヘックスはそんなものは要らないとでもいうかのように余地を奪い去ってしまった。
一日一分一秒、付き合いが長くなるにつれて想いが強くなっていく。
おまけに唇が遠のきながら交わった視線。ヘックスの瞳は△△のことなら全てお見通しだとでも言っているようで、少し前まではそれは居心地が悪く感じていたのに今では何故だか心地良い。
△△はばつの悪そうな、泣き出しそうなよくわからない笑顔で目の前の手を取った。
あなたのせいでこの心が切ないくらいにドキドキさせられていること、この体がどれだけ熱を帯びているのかということ。それを思い知ってほしいと密やかに想いながら。





title:子どもに嫉妬/2016.01.16
by 夢書き深夜の真剣執筆60分一本勝負@60min_write

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16.05.22

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