夢小説

□ある日のベッド上にて
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昼過ぎに部屋を訪ねてきたエダとB級映画を見て、ヤることヤって、一緒にシャワーを浴びるともう日暮れだった。形骸的であれど二人してカトリックの教会でシスターをしている身でありながら神の教えに背く行為を重ねる、相変わらず等しく不健全な日々。

「おっかしーなー、やっぱりない…」
「どうした?」

これから街に繰り出すためベッドの上でガサゴソとコスメboxを漁る私に、横で胡座をかいてファッション雑誌をぺらぺらと捲っているエダが顔も上げずに問いかける。シャワーを浴びた肌にエアコンの冷たい風が心地よくて、二人とも下着姿のままだ。

「この間買ったばかりの口紅が見当たらないの。どこかのお手洗いに忘れてきたのかな?」

無くしたものは探しているときに限って見つからないものだ。数日経てば案外ポロっと出てくることがままあったりするから気にはなっていたものの代わりに別の口紅を使っていたが、今一度コスメポーチやboxを探してみるも、やはり影も形もない。
普段は手を出さないお高めのブランドだったけれどとても気に入った色だったから思い切って奮発したのに、片手で数える程使っただけでお別れとなってしまったなんて悔やんでも悔やみきれない。

「あー、もしかしてこの色?」

すると思ってもみない問いを掛けられ、自分の唇を指差すエダに従ってまじまじと眺めてみる。よくよく見ると繰り返したキスのせいで落ちかかってはいるが、確かに見覚えのある色合いのような気がする。

「…そう言われてみればそれっぽいかも…ん?もしや?」
「こないだあたしんちに忘れてってたぞ。次会った時返すつもりだったけど使ってみたらなかなかよかったからウッカリ」
「は?!エダんち行ってから今日入れて三回は会ってるじゃん!これ高いんだけど!」

三回はというか毎日会っている。だからエダが本当に返す気があれば一昨日だって昨日だって返すタイミングは十分過ぎる程あったのだ。

「知ってる知ってる」
「ちょっとー!早く返して!」

掌を上に向けてエダの前に突き出すと、エダはヒラヒラと両手を振った。

「今持ってねーよ」
「それもはや返す気ないでしょ!あれつけて飲みに行きたかったのに」
「そうヒスんなって。問題を解決する方法が一つだけあるぜ」
「何?」
「目閉じろ」
「まさかキスするんじゃないでしょうね?」
「ちげーよ。お前がキスして下さいっておねだりすンだよ」
「アホでしょ」

百歩譲ってエダからするならまだしも、何故私が強請らないとならないのか。
呆れてそばから離れようとすると白い腕がするりと首に絡みついてあっという間に引き寄せられ、指先で頬をぐいぐい突かれる。

「さっきはあーんなに可愛く上手にできたのにな?」
「う、るさい。暑いからくっつかないで」
「こんなにエアコン効いてるのに?」

もうそういうモードからすっかり抜け切っているというのに行為の最中のあられのない言動を揶揄されるのは小っ恥ずかしい。しかもニヤニヤとこの町に蔓延るゲスそのものな笑みを浮かべながらだ。両手でエダの体を押し返し、何でこんな女を好きになってしまったのだろうと自分に溜息が出る。

「△△〜。そう怒んなって。明日持ってくるからさ」
「怒るってレンジ振り切って呆れてる」

これ以上構ってくれるなと背を向けて化粧の続きを始める。ビューラーで睫毛を上げていた時、後ろから抱き締められた。

「ちょ、エダ…!」
「――機嫌直さないと、無理矢理にでもヨくさせるわよ?」

諫めようとした直後に耳元で囁かれたその言葉は口調も声色も暴力教会のクソ尼のそれではなく、私はびくりと身を竦ませた。直視してしまわないように手元のマスカラのロゴに視線を合わせても、サングラスを取ったエダの綺麗な素顔がいやでも横目に入って、思わず身が硬くなる。
同じ組織に属しているとはいえ悪徳シスターとしてのエダと過ごす時間の方がはるかに長いせいで、私はこのギャップにとても弱い。それだけでない。凛として隙も容赦も無い、冷徹な工作員としてのエダは一種の崇拝に近い程の私の憧れであったから、未だにその姿を見せられると途端に服従してしまう。

「な、んでいきなりそっちモードなんですか」
「あなた好きでしょう?それに△△だってちゃんとこっちモードになってるじゃない」

本来の上下関係に持ち込まれて敬語になっているのを指摘される。恋人同士ではあれど普段接しているのは暴力教会のエダだから、稀に“イディス・ブラックウォーター”になられると妙にかしこまってしまうのだ。

「だってそれは、エダが…」

つつつ、と鎖骨を焦らすように細い指先でなぞられて私は息を飲んだ。この指で奏でられた先程の行為を思い出してしまって、そんな自分が恥ずかしくなる。

「私が何かしら?」

頬に手を添えられて視線を合わせられる。至近距離で見るブルーアイはサンゴ礁の海のように透き通っていて吸い込まれそうになる。目線が定まらず、逃げ惑うように目を伏せた。

「本当に、人が変わったように大人しくなるわね」
「エダに言われたくないです…」
「まぁ、私はそんなあなたも可愛くて好きだけど?」

可愛いも好きも、普段言わないくせに耳元でそんな声色でさらりと言ってのけるのは狡い。ずっと憧れていた人にそんな風に囁かれてまともでいられるわけがない。
けれど思わずしおらしくなってしまっている姿を、いつサングラスをかけ直して笑い飛ばされるかわからない。あるいは完全にエダのモードがこちらに移行しているとして、何を企んでいるのだろうか。
エダはサングラスの弦の先を八重歯で齧りながらこちらをねっとりと眺めている。 二重の緊張感に身を固くしながら恐る恐る受け答えする私に微笑みながら、エダはサングラスをそっとサイドテーブルに置いた。その硬質な音が二人だけの部屋にやけに大きく響く。

「“後輩”とするのは久しぶりなの。勿論付き合ってくれるわよね?」

イディス・ブラックウォーターはいつも通りのどこか冷えた眼差しで、猫撫で声で私を誘う。
けれどその青い目の奥に熱い情欲が灯っているのが私にはわかる。そんな目で捉えられたら、もう真っ逆さまに堕ちていくだけだ。

「……はい」
「いい子ね、△△」

抑えようとしたけれどそれでも声は僅かに震えた。それを見透かしたイディス・ブラックウォーターに含み笑いをされて、子宮がきゅううと鳴いた。
きっとエダのことだから先輩としてのポーズは最初だけで、私がうまく引っかかったら笑い飛ばすつもりだったんだろう。けれど次第に互いにこのごっこ遊びを楽しみたくなったのだ。いつもの私たちがごっこ遊びで、本来はこっちの関係が正しいのにこの方が何だか興奮するなんて倒錯している。
さっきまでの粗野な言動とはうってかわって気品すら感じさせるエダの仕草と言葉遣いに酔わされる。獣のようでこっちの燻りを煽ってくるような狡賢いものではなく、淑やかで細やかに濃厚な愛を感じさせ奥底にあるものを揺さぶってくる口付け。キスすらも別人。共通するのは淫らさ。

「っあ、エダ――」
「△△、愛してるわ」

クソ尼の時は絶対に口にしない言葉をサングラスを取った時だけは甘く囁くそのギャップも、私がこの人に惑わされてやまない理由の一つ。





***
16.06.19

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