夢小説

□あなたが求めるのは私だけでいい
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シャワーを浴びて出てくると△△は相変わらずさっきと同じ体勢でベッドの中にいた。
緯度が高いこの国は夏になると深夜帯という時間でも空が白み始めてくる。私が帰路についた時間も空の彼方が明るくなり始めていたけれど、この部屋は遮光カーテンが引かれているから朝日は差し込まず暗闇に支配されている。
本当は一睡もしていないくせに狸寝入りをしている△△のベッドへ乗り、△△の上までにじり寄る。ベッドサイドのランプのスイッチを少し回し、薄明かりを灯した。

「△△、起きてるんでしょう」

そっと耳元で囁くも、△△は不自然なほどにぴくりともしない。下手ねぇ。
くすりと笑って頬にキスを落とすと、その瞬間裏拳が飛んでくる。私は勿論余裕で躱す。

「何なんですか」
「あは。やっぱり起きてたじゃない」

からかうと今しがたキスを贈った頬を手の甲でゴシゴシ擦りながら鋭い目線で睨んでくる。本当は満更でもないくせに。
手酷い態度に私が微塵も堪えていないことを知ると、△△は最後の手段に出た。

「臭います。あっち行ってください」
「ちょっとぉ。臭うは酷いんじゃない?シャワー浴びたしそんなむやみやたらにしてないわよ?」

△△の渾身の嫌味ですら私にとっては楽しみでしかなく、口元が緩んでしまう。

「寝てるんですからあっち行ってください」

そう言って私の肩を押し返してタオルケットを引っ被る。ツンツンしっぱなしの△△だけれど本心では私のことを求めてやまないでいることを手に取るようにわかっているから、やめられない止まらない。

「眠れなかったくせに」
「ヘックス!」

こんなピリピリした会話の応酬でさえ私は楽しめるのに、△△はやはり耐え難かったらしい。一度は頭まで被ったタオルケットを吹っ飛ばす勢いでのその一喝に私も少しはシリアスモードに変えて、△△の髪を優しく撫でた。

「あなたが好きなの。だから私が今まで帰ってこなかった夜は一度だってないでしょう」
「もう外は明るい時間ですよ」
「…気に入らないのねぇ。私のやり方」
「ええ」
「こういう仕事をしている人間は、男も女もみんなやっていることよ」
「だとしても、同じ女として軽蔑します」
「へぇ?それが本当だとしてもその女に惹かれているのはどこの誰かしらねぇ」
「…っ、私は、別に…」

途端に口籠もる。返す言葉を一生懸命に探しているのか△△は視線を彷徨わせる。

「――可愛い子」

タオルケットから覗く肩を少し押すと△△は呆気なく仰向けになった。見下ろす私と見上げる△△の視線が交わる。
こうして上下関係を実感させてしまえば、波が寄せる砂の城のように△△は簡単に瓦解する。その証拠に私から目を逸らした△△の頬をそっと両手で包んだ。

「私があなたを好きでいてもなお、色仕掛けをやめない理由」
「え?」
「あなたにいつも嫉妬していてほしいからだって言ったら、どうする?」
「…張り倒します」
「強気ねぇ」
「知ってますから。私よりあなたの方がずっとずっと気持ちが深いこと」

だから、私の方が立場は上です。
そう言って口の端を上げて笑ってみせる△△は、けれど瞳も声も震えていて。
素直じゃないこの子の不安を取り除いてやるのに必要なことはわかっている。
けれどもっともっと私に揺さぶられて欲しいから。私に傷付いてほしいから。だから仮初めの幸福感だけを与え続ける。薄く開いて私を待ちわびる唇に、深いくちづけで始まりを。




title:あなたが求めるのは私だけでいい/2016.05.13
by 夢書き深夜の真剣執筆60分一本勝負@60min_write


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16.06.30

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