夢小説

□フィクションよりも魅了される
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「△△」
「……んー?」
「△△」
「ん?」

ソファに寝そべって活字を追っている私に対して、テレビを見ながらソファを背もたれに床に座っているミッシェルさん。二度目はいかにもつまらないとでもいうかの声色で私の名を呼んだ。こちらに視線を寄越すブルーの瞳は大好きだけれど、私は上の空で「なに?」と返事をする。
私が今夢中になっているのは巷で話題の大ヒット小説。先週見た土曜の情報バラエティ番組でもランキング1位として紹介されていたものだ。
私の好むジャンルじゃないから初めは気にも留めていなかったけれど、同じく読書が趣味の友人が絶賛するから貸してもらったら、彼女の予告通りハマってしまった。
読み始めると寝食を忘れてしまう程没頭してしまうのは私の悪い癖だから、今まではその日ミッシェルさんと会う予定があって、興味津々な本を手に入れたばかりの時はあえて表紙を開かないようにしていたのだけれど。
今日に限っては二人で部屋でまったり過ごしていたところにミッシェルさんに仕事の電話が入って、それがなかなか終わらないものだから暇を持て余した私はつい本を開いてしまったのだ。元々はあまり期待していなかった本だっただけに軽い気持ちで。
キリのいいところまでと自分に言い聞かせながら、今となっては電話を終えたミッシェルさんそっちのけでページをめくっていた。
呼ばれているのはわかっているけど、今盛り上がっているところだから。ここの章、いや場面が終わるまであと少し待ってほしい。

「……いつまで読んでるつもりだ」
「キリのいいところで終わりにするからあとちょっと待ってぇ」

できるだけ甘えた声で強請ってみる。すると楽天的に期待していた了承の返事とは裏腹に小さく溜息が聞こえて。
あ、ちょっとほっときすぎたかな、なんて焦りを覚えた瞬間、髪を一房取られた。ミッシェルさんはすっかりテレビに飽きたのか、私の毛先を弄んでいる。
あと5行でキリがいいところまで行くから、ちょっとだけ待って。
そんな思いでされるがままにし、ページに急いで目を滑らせる。
もう終わる。そう思ったその瞬間に耳を甘噛みされ、思わず私は変な声を上げた。

「…っ、ちょっとぉミッシェルさん!」
「△△の本読んでる横顔、きれいだからちょっかい出したくなった」

驚いて上体を起こしてミッシェルさんを見ると、してやったりとでもいうかの表情。可愛いとかならベッドの中で言ってもらってるけど、キレイなんて形容されたのは思い返してもこれが初めてなような気がして、ちょっとくすぐったくなる。

「にやけてる」

そういうミッシェルさんも楽しそうに頬をつついてきて、私は読みかけの本の間に挟んでいた指を外して閉じる。すると悪戯な恋人はその本を取り上げて向こうにやって、耳に噛みついてきた。さっきと同じことをしてくるあたり、耳が弱いのを承知の上でのことだ。
息を飲む私をくすくすと笑い、次は絡め取った私の指の一本一本に口付ける。
いつもは私の方が甘えにいっているから、構ってほしそうにするミッシェルさんはとってもレアだ。指先へキスをしながらこちらを見上げてくる上目遣いも、まるで初めて見たような感覚を覚える。
すっかり調子を狂わされた私は、敵わないなあと心の中で呟いた。

「誘ってるんですか?」
「だったらどうする?」

ミッシェルさんは私の上へと場所を移し、口端を上げて煽るように問いを返す。さっきまでは私の方がイニシアチブを取っていたのに、もういつも通りの関係に戻っている。
私はもはや本への興味は削がれてしまっている。だからいつものように素直に甘えてみてもいいのだけれど、読書をやむなく中断させられたことに対する報復として天邪鬼になってみたい気分もあり。
何て答えようか迷っていると、怪力を誇るとは思えない細く女性らしい指先でそっと唇をなぞられて。そして細めた目で嫣然と微笑まれれば、もう言葉なんて要らなかった。





***
16.09.04

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