夢小説
□Lesson1 for my little lady
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※家庭教師とJK設定です。
「せんせー!」
改札を抜けた△△はオブジェの前で待つ私を見つけて手をぶんぶん振りながら駆け寄ってきた。
「待った?」
「ちょっとだけねぇ」
「私から誘ったのにごめんね。委員会の集まりが長引いちゃって」
「いいのよぉ。高校生は学校生活が本分なんだから」
頭一つ分小さい△△の頭を撫でるとくすぐったそうに笑う。跳ねるポニーテールの甘い香りが鼻先を掠めた。
「じゃーいこっか!」
△△は私の腕に腕を絡ませて駅前の雑踏に歩を進める。大人と子供の狭間、そんな年頃の女子高生にありがちな友愛のスキンシップだとわかっていても心が浮ついてしまう自分がいた。
「ねぇセンセ!どっちが可愛いと思う?」
ファッションビルの一角にあるアクセサリーショップで△△が掲げたのは華奢なピアス。右手はハートのモチーフのもので、左手には星のモチーフ。同じシリーズらしく、共に小ぶりのサイズで△△の指先から垂れてしゃらんと揺れた。
儚げな見た目が△△にとても似合いそうで胸がきゅっとなる。
「△△が付ければどっちも可愛いわよぉ」
「もー。私が聞いてるのはそういうんじゃないってば」
頬を膨らませる△△には私の真意など微塵も伝わっていない。こんなセリフを言うのが意中の彼であればきっと顔を真っ赤にして照れるくせに。
家庭教師である私がこうして生徒の一人である△△と、本来なら机に向かっている時間に外で楽しんでいるのはこの日親が出かけていることを利用した△△のたっての頼みだった。
というのも今週の日曜日、片思いしているクラスメイトの男の子と映画を観に行く約束をしたらしい。△△にとっては初めてのデートで、年頃の女の子として目一杯のオシャレをしたがるのは理解できるし見てて可愛らしかった。けれど△△が胸ときめかせる相手が私であったならと、やはり私は思うのだ。
「男の子的にはやっぱハートのがポイント高いよね?」
「そうねぇ。ハートの方が女の子らしいわねぇ」
ヤリたがりの年頃だからそんな細かいとこまで見てないと思うけど。という本音は黙っておく。
「よし、じゃあこれにしよ!買ってくるね」
踵を返そうとした△△からピアスを掠め取った。
「買ってあげるわぁ」
「え?」
「△△の記念すべき初デートだから私に出させて欲しいの」
「ダメ!それじゃ意味ないの。私が彼に見てもらいたくて買うんだから」
「……そう。それもそうねぇ。余計なこと言っちゃったわね」
何か一つでも私の痕跡を彼の目に残してやりたいと思ってのことだったが、彼への思いはそれなりらしく、△△は律儀に私の申し出を断った。
「うぅん、気にしないで。…ねぇ、その代わりと言っちゃなんだけど」
「なぁに?」
――――
――
―
「やったー!トリプルだよ!」
ファッションビルを出てすぐのところにあるアイスクリーム店。△△はカラフルな三つのアイスが乗ったワッフルコーンを店員から受け取って満面の笑みを浮かべた。
「そんなに食べてお腹壊さない?」
「ヘーキヘーキ!アイスならいくらでも食べられるの私」
そう言ってプラスチックのスプーンで一番上のストロベリーチーズケーキを掬って頬張る。確かに一掬いが大きくて、自然と笑みが零れる。
「センセもトリプルにすればよかったのに」
「私はこれで十分よぉ」
カップに一つだけ入ったジャモカコーヒーを覗き込む△△にそう返すと。
「もしかして給料日前?半分こしよっか?」
眉と声を潜めて神妙な顔つきで尋ねてくる様子が面白くて可愛くて、思わず噴き出した。
「ばかねぇ。こう見えて高給取りなのよぉ。子供がそんな心配しなくていいの」
「えぇー?高給取りが家庭教師のバイトなんてするの?」
「△△のことが好きだからやってるのよ」
「うそー!」
△△はヘラヘラ笑いながらアイスクリームを口に運ぶ。アイスなんかよりも私を見てほしくてもう一声掛けた。
「あなたに会えるのなら家庭教師じゃなくたって、家政婦だって宅配ドライバーだってやるわぁ」
そこまで言うと私がアイスに手を付けずに△△を真っ直ぐ見つめていることに気付いたのか、△△はようやく私を見た。
一瞬の沈黙。網膜に映る△△への狂おしいまでの愛おしさを秘めた私の瞳と、その奥にあるものを探ろうとする△△の黒く純粋な目。宙にぴんと張る糸のように交わった視線だったけれど、少女は逃げるかのように視線を外し、笑った。
それは子どもとは思えない程巧妙な『逃げ』だった。否、学校という閉鎖された世界で一日の大半を過ごすこの子たちの年代だからこそ、そういった技術に長けているのかもしれない。とにかく△△は一見不快感を与えない程度に私を躱した。
「せんせーそのギャグ何?らしくなくてウケるー」
「面白くなかった?ジェネレーションギャップかしらねぇ」
「ジェネレーションとか関係なく面白くないよそれ!」
ケラケラ笑う△△。けれど私の方を見ずに、手元のアイスをつつきながらだ。笑い声を上げながらも伏せた睫毛は頼りなげに震えていて、私の言葉に酷く揺さぶられていることは丸分かりだった。
△△が押しに弱いタイプなのはとうに見抜いている。
経験のない小娘なんて、私にかかれば赤子の手を捻るかの如く簡単に手に入れられる。それでもなお今まで手を出さずにいたのは、△△の方から私の手の中に転がり落ちてきて欲しかったという、たったそれだけの理由だ。けれどこの子の彼への想いは確かなものらしかった。
だから彼がどんな子なのか少し調べてみたけれど、外面が良くなかなかにチャラい奴だった。あと数日後には△△は食われてしまうに違いない。
そう思うと許せなかった。あんな年端もいかない小僧にこの子は渡せない。△△との楽しい時間が過ぎれば過ぎる程、我慢がならなかった。
左腕の腕時計を確認する。△△の親が帰ってくるまでにまだ十分な時間がある。
私は溶けかかったアイスクリームを一口食べて、それよりもきっとずっと甘いであろう愛しい少女に最上の笑みを贈った。
「それ食べたら帰りましょう。今度のデートのために大事なレクチャーしてあげるわぁ」
***
16.11.06