夢小説

□行き先を伝える事はできないけれど
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車を回して来たら△△は電話をしながら楽しそうに笑っていた。
途端に気持ちが急速に萎み、心がどす黒い色に浸食されていく。
今日は△△と付き合い始めて丁度半年だった。
前回会ってからあと5日で一月にもなろうという日に、私が土曜日に高級レストランの予約を取ってあることを伝えた時、△△は無邪気に喜んだ後「ところで何のサプライズ?」と訊いた。
「半年になるだろう?」というと△△はキョトンとした表情を見せたから、平然とした顔を作りながら「私たちが付き合い始めて」と補った。
私にとってどれだけ大切な日でも△△は全く意識しておらず、それを言ってもピンとすら来なかったことに私は傷付いたけれど、そんな気持ちにさせられるのはもう何度もあったからその時も本音に蓋をして平気なふりをしたのだ。
△△が立っているそばに横付けすると、△△は当たり前のように携帯を耳に当てたまま乗り込んだ。
慣れた手つきで片手でシートベルトを締めるのを見ながら黙って車を発進させる。
食事の最中に明日は予定があると告げられていたから、いつもの私だったら大人しく△△のマンションへと車を走らせていただろう。
けれど今日はそちらとは逆方向にハンドルを切った。渋滞が予想される道は避けて夜の街を縫って行く。
この間も△△はずっと電話をし続けている。
その笑顔をどれだけの時間私に見せてくれた?私とそいつ、どっちといる方が楽しいんだ?私は所詮都合の良い人間なのか?
そんな苛立ちをぐるぐると巡らせながら車を走らせる。もう幾度となく繰り返した煩悶だった。
せっかく穏やかな気持ちで△△とのデートを終えられるはずだったのに。
港湾沿いのインターチェンジから高速に乗る。
左車線に寄って一定の速度を保つ。私たちの横を何台もの車が追い越していく。

「うん。はーいわかった。じゃあ明日ね、楽しみにしてる」

△△は弾む声でようやく電話を終えた。

「ごめんねミッシェルさん、なかなか終えられなくて」
「構わないよ」

また嘘をついた。今日こそはたった一つの嘘だけで済ませられると思っていたのに。
本当は電話の相手が誰なのか知りたい。それなのに私はいい人のふりをして微笑んで見せる。
△△が形だけの謝罪をする度に私は嘘を重ねてきた。△△は交友関係が広いだけであって、浮気はしていない。
けれど電話に出ないことが殆どだったり、折り返しがなかったり。会いたいと思う頻度も私と△△には差があって。
△△の態度を指摘して、お互いの妥協点を擦り合わせることができたなら、何かが変わっていたのだろうか。

「ところでどこ向かってるの?」

△△は欠伸をしながら問うた。

「きっと△△が予想もしていないところ」
「何それ!どこだろう?」
「そこに着くまでは内緒」
「えぇー、気になるよぉ」

訪れた眠気から語尾が伸びるのが可愛らしく感じて思わず笑みが浮かぶ。
薄々わかっていた。△△の心は常に移り気で。いつ私の元から去ってしまう日が来るのかと常に怯えていた。
否、その時がはっきりとあるのならまだいいのだろう。何一つ告げられないままに、私たちの歩んできた道がうやむやに消えてしまうことも有り得た。
むしろとうに△△の心が私の元から離れているのに、私は道化のように笑みを張り付けていい人を演じ続けているだけなのかもしれなかった。
もう何度も繰り返し見た夢の中で数歩先を歩く△△の手を取ろうとしても、触れるその瞬間に私の掌は空を切る。
どれだけ手を伸ばしても走っても、変わらぬ速度で歩き続ける△△の手は捕まえられないし追いつくこともできない。
声が枯れる程叫んだつもりでもそれは声にならず、△△の背中はどんどん見えなくなっていく。
そんな悪夢を見て目を覚ました何度目かの真夜中、初めて涙を流していたことに気付いても拭ってほしいと思う△△はそこにいなくて。
私は道化だったことをようやく認めた。道化でも私は愛していた。そして△△を諦めきれなかった。
考えて考えて考え抜いて。そうして出した答えがこの決断だった。
食事の最中△△が席を外した時に遅効性の睡眠薬をワインに混ぜた。
せめて痛みなど感じずにいられるように。
視界の先に左カーブが見える。周囲に走っている車はなかった。ルームライトを灯す。こうすれば愛しい彼女をよく見ることができる。

「△△」

真っ直ぐ前を見据えて安全運転を保っていた私は顔を横に向けてもう瞼を閉じている愛しい△△を見つめた。

「ん…?」
「愛してるよ」

私はアクセルを思いきり踏み込んで、ハンドルを大きく右に切った。
私は△△から目を逸らさなかった。ああこれで△△は私だけのものになる。そんな安心感と多幸感が私を満たしていた。
とてつもない衝撃を身体に受ける刹那、微睡む△△が何か言ったような気がしたけれど聞き取ることはできなかった。






Title:行き先を伝える事はできないけれど
by fisika

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17.05.24

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