百合小説

□バニラ・キッスの比較と帰結
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「久しぶりですね。先輩とこうやって外でゆっくりするの」

マヤはシェイクに刺さったストローを口から離し、弾んだ声で言う。
私と同じく夜勤明けだというのにまだまだ元気だ。
ストローの先を何気なく見遣るとひしゃげることなく元の形を保っている。
それはまあ子供じゃないんだから当然だろうけど、不思議なものを見るような気持ちで見つめた後(実際にはほんの一瞬、一瞥した程度だ)、そうね、と微笑付きで答えてタバコの煙を溜め息混じりに吐き出した。

どこどこの新作がかわいいとか楽しげに話しているマヤを見て、24のときは私もこんなだったっけと思い返してみる。
当時の自分とマヤを比べてみて、試みた自分に呆れつつ否定した。
子供の時から私は冷めた人間だった。物事も人間関係も冷静に達観しているつもりでいた。
もちろん学生の時もそうだったけど、こと彼女に関してはそれを貫くのに神経を使っていたように思う。



―――――――
―――

「ゴメンレポート終わってないのよ。期限明日までなの」

ミサトはぱすん、と乾いた音を立てて、最近ハマっているらしいシェイクのストローを解放する。

はぁ?

「大丈夫今夜終わらす!」

約束したじゃない。

「ごっめんほんとに。今度おごるから」

当たり前よ。男もいいけどちゃんとしなさいよ。前だって一週間もサボって…

「…って、こんなとこで悠長にしてていいの?」

要領のいいミサトはなんだかんだでしっかり単位を取っているから責めるほどではないのだが。

「だーってリツコに会いたかったんだもん。最近会ってなかったじゃない」

調子が狂ってしまいそうな自分を奮い立たせる。
何それ。そりゃ嬉しくないわけじゃないけど軽い気持ちで言えるのはわかってるし、というか軽い気持ちだから簡単に言うんでしょうけど。

「あのねぇ。それってあんたが加持君にべったりで学校来ないからでしょ」

「えー、そう?…ま、それもそっか。てか最近全然連絡くれないしさ」

「そうかしら。前と変わりないわよ」

脇に置いていたタバコを取って火をつける。

「ねぇねぇ。前ってぇ?いつより前?」

「……今より前。あなたと初めて顔を合わせた時から『前と変わりない』って言うまでの期間のこと」

頬杖をついてにやにやと見つめてくるミサトを睨み、煙を吐き出して手荒にライターをタバコの上に重ねた。
とは言えその程度は微々たるもので、ミサトはその動作からというよりも言葉から私の不機嫌を読み取ったらしく

「スイマセン」

唇を突き出してそう言うと、身を引いてソファの背もたれに凭れる。距離が広がる。
ずずず、と所在無さ気に残り少ないシェイクをすする彼女をタバコの煙越しに僅かな時間眺め、窓の外へ視線を逸らす。
数秒の沈黙を軽快な洋楽が破った。
派手な赤い携帯のディスプレイには加持とでも表示されているはずだ。この着うたは彼専用だから。
ミサトは私を気にしてか緩慢な動作で携帯を取った。

「はい。――あーうん、食べる。いつもと同じやつね。――後何分くらい?――オッケー…。――うん今リツコといんの。――そんな遅くならないわよ、これでもちゃんと危機感感じてるんだってば……」

タバコを止めてもストローを噛む癖は抜けないようで、中身が空になってもガジガジ噛みながら話している。
白い歯がちらちら見えて、それに噛まれた夜を思い出した。
鳥肌が立った気がして腕をさする。冷房が効きすぎているのかもしれない。

「手伝ってもらうのよ」

携帯を閉じたミサトが聞いてもいないのに言い訳がましく申告してくるのが若干気に障った。
店を出て駅へと向かう。

「今度から無理なら無理って言ってちょうだい。会う前に」

「ごめんごめん。でも会えたからよかった」

微妙に話が矛盾している。

「連絡してくるのは基本的にミサトからなんだから」

「だってリツコから連絡くれないでしょうが。あたしいつだって待ってるんだからね」

手を引かれるまま道を外れ、ビルの陰に入るとキスされた。
嘘つき。と言いたいところだけど100%そうってわけでもないであろうことはなんとなくわかる。
ただやっぱり彼氏のいる奴にそんなこと言われたくない。

「――今日はホントゴメン」

それだってこれっぽっちも思ってないわけじゃないけど、結局はハンバーガーの包み紙程度の薄くて軽い気持ちなのだ。

―――
―――――――



「先輩は今日どうするんですか?」

ぼんやり耽っていたら話を振られ、急いで意識を引き戻す。

「―……そうね…とりあえず帰って寝るわ」

一瞬まごついたがマヤは気にならなかったようで、あ、そうですよね、と返す。

「私も疲れてるし、洗濯してゆっくり寝ようっと」

がっかりしたのを取り繕う様が明らかに見て取れたので、マヤの向こうに視線を巡らせた。
(そういう反応が予測できなかったわけでも無いのだが)
早朝の二階席には遠くのカウンターに出勤前か仕事帰りか、サラリーマンが二、三人いるだけだ。

「マヤ、ちょっと」

キスをすればうつるのはバニラの甘さで、あの頃の彼女の味がした。
機嫌を取るかのごとくこういう薄っぺらい真似ができるようになったのも、それを学んで自分のものにする分だけ生きてきたということなんだろう。
頬を染めて恥ずかしそうに俯くマヤに、昔の自分を思い出してもう一言。

「夕食はあなたの作ったのが食べたいんだけれど」

ストローを噛む子供のような、本命を抱きしめて視線注いでそのくせ反対の手でこっちも見ずに腕を掴んでいるようなあいつと違って、この子は私の一挙一動顔色を敏感に察知して反応してくれるから。



私はそつなく応じてあげる。



バニラ・キッスの比較と帰結



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初>2008.07.24
2012.11.03>付

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