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□口先で熔かして
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*暗→ちょっと甘(?)
*自殺願望ヒロイン






ビルの屋上から眺める街は本当にごちゃごちゃしていて、お世辞でも綺麗とは言えない。手摺りに寄りかかったまま名無しさんはため息をついた。ここから飛び降りたらこんな物と同化してしまうのだろうか。それは嫌だなあ。そんな事を考えながら辺りを見渡す。



上も、下も、どこもかしこも真っ黒




死にたい訳じゃない、でも生きたい訳でもない。一番近いのは、かの有名な作家が言った"ぼんやりとした不安"とかいう感情かもしれない。


あと一歩踏み出せば、死。
手摺りを越えたら、生。

そんな不安定な位置に立つ名無しさんは、本当にぼんやりとした様子で佇んでいた。


トンッ、

「っ?!」

ふと誰かの手が背中にふれ、驚いてバランスを崩す。名無しさんが振り返るよりも早く背後から大きな笑い声が聞こえてきた。


「ははっ、あはははは!」

「……」


恐る恐る視線を向けると、そこにはお腹を抱えて笑う男が。男は名無しさんからの視線に気付くと、歪んだ笑みを浮かべて言った。


「君さ、自殺願望者?」

「…………別に」

「そりゃ驚いた!自殺願望もないのにそんな所に立ってるなんて!」

「…死にたいとも生きたいとも思ってないから、どうしようかなぁ、と思って」


名無しさんと男は手摺りを挟んで会話をしている。手摺りを掴む事もなく男と向き合う名無しさんは、感情の篭っていない声で言った。


「私が飛び降りたら、世界って何か変わるかなー」


男はその言葉に、さも愉快そうな表情で答える。


「何も変わるはずがないじゃないか。でも、」
「君を取り囲む小さな世界は、きっと変わるだろうね」


一瞬の空白の後、男は再び喋りだした。初めて会ったおかしな男の瞳から目をそらせず名無しさんはただただ耳を傾ける。


「もし君が死にたいと言うのなら止める気はないよ。今すぐ後ろに2歩、これだけだ。俺が君の最期を見ていてあげる。」

「……」


一歩、後ろに下がった。あと一歩あと一歩で全てが終わる。つまらない日常ともつまらない世界ともお別れ。なんて清々しい。しかし、その一歩がなかなか踏み出せない事に気付かざるを得なかった。

「…っ、」

怖い、名無しさんは初めてそう感じたのだ。それは人間として当然の生への執着であり、死への恐怖であった。今まで思い出す事も無かった、小さい小さい幸せな記憶が溢れ出してくる。馬鹿らしい、本当に。そんな小さな出来事が生きる理由になどなりえない。


「怖い?」


無言で頷く。突然情けない程涙が溢れ、視界を濁らせた。


「ははっ、それで十分だよ」

死ぬのが怖いから、生きればいい。


差し出された男の手に縋り手摺りを越える。男の背後に広がる星空を、綺麗だと思った。






口先で熔かして
(黒い空が星を際立たせ)
(死が生を彩るのだと)
(男は言った)


初めて綺麗だと感じた世界




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10.11.23

珍しく臨也がいい人気味

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