ぶっく2

□かおり
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庭に鬱蒼と茂る草木の香りが鼻を掠めて、香織は眉を潜めた。いつでも空気が汚れているような前の場所とは似ても似つかないこの香りがなんとなく気に入らなかったからだ。

下見に来たときには気にならなかったのに、と溜め息をつく。

きっと、雨が降ったからだ。これから自分は雨が降るたびにこの香りを嗅ぐのか。


「あら、いい香り」


窓を閉めようとした時、車から荷物を下ろしていた母が隣へ立ち、ひょっこりと顔を出す。


「やっぱりここは空気が綺麗ねー」


それだけ言ってから再び玄関の方へと歩いていく。多分まだ荷物を運び終えていないのだろう。


香織は小さく溜め息をついてからパタリと窓を閉めた。それから窓に背中を預けて携帯を取り出す。


新着メール、なし。


無意識に溜め息がでる。どこからともなく緑の香りが漂ってくる。なんとなく気分が悪い。


「香織ー、手伝ってー!」


ぱちん。と携帯を閉じながら、んー、返事をする。玄関では父と母が弟の勉強机を運び込もうと悪戦苦闘しているところだった。だからそーゆー大きなものは引っ越し会社に頼めばいいって言ったのに。今日何度目かも分からない溜め息。


何度も壁にぶつけながらなんとか運び込んだその机の上に次々と小物を置いていく弟。筆記用具やノートや教科書から、なんだか分からないようなものまでいっしょくたにしてある。一一ふと、その中の一つに目が止まった。


「これ…」


手にしたのは小学校の時に使っていたソプラノリコーダー。かおり、と彫られている。無性に吹いてみたくなって、香織はリコーダーを持ち洗面所へと向かう。そこで中と口の部分を特に丁寧に洗って布で拭き取った。ゆっくり、口をつける。か細く息を吐けば、それに伴って、ぷぴー…、と弱々しく音が鳴った。

いつかの時よりも小さく感じられる穴を塞ぐのは簡単で、忘れていた気がした指の配置も、無意識に呼び覚まされて。


リコーダーの音を聞きつけたのか、母と弟が扉の向こうから覗いていた。

先に片づけちゃってよ、と声をかける母に、それもそうだなと思いながらリコーダーを袋に戻す。その様子を見ながら母が少し笑った。


「ここなら思う存分吹けるわね」


なんのことだろう、と考えてからすぐにリコーダーのことだと気付く。前の場所では、夜帰ってくる母や父に聞かせたくても吹かせて貰えなくて、それが不満だったのを覚えている。別に、吹くつもりないけど。そっけなく言い放てば、残念、と言って母が笑う。

弟はいつの間にか外に出ていた。雨上がりの柔らかくなった土の上を嬉しそうに走り回っている。その様子を見ながら母が再びからからと窓を開けた。緑の匂い。弟の呼ぶ声に惹かれるように外に出れば、それは一層香織を包む。


――ああ、案外悪くないかもしれない





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