ぶっく3

□誘惑に負けた幸せの味
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 コンコン、というノックの音に肩がはねる。時刻は深夜二時。研究室にはわたし一人だ。



「あれ、誰かいる」



 そう言いながら入ってきたのは同じ研究室に属している河合さんという人だ。冷たい廊下の空気と一緒に香ったのは、大学近くにあるファーストフード店のフライドポテトの香り。河合さんは「レポート?」と声をかけながら扉を閉めるけれど、冷たい空気は足下あたりに残った。



「そうです。家にいると出来なくて」



 キーボードから手を浮かしながら答えたわたしに、そっかそっか。と笑いながら返す。それから机に荷物を一通りおいてわたしのパソコンの画面をのぞき込んできた。



「あー、この先生のやつちょっと難しいでしょ」

「そうなんですよ。なかなかまとまらなくて」



 すぐ側に寄った河合さんの服から漂うのはやっぱりあの美味しそうなフライドポテトの香りで、わたしはなんだかおなかがへってくる。
 そんなわたしの気も知らないで河合さんは、まぁがんばれ、とわたしの肩に手を置いてからさっき置いた荷物の方へと戻った。わたしはというとなんだか集中が切れてしまったので、河合さんの方へと身体を向ける。


 河合さんはガサガサと紙袋へ手を突っ込み紙に包まれたバーガーを三つと、フライドポテトを取り出した。部屋を包む美味しそうな香りはいっそう濃くなってわたしを誘惑する。
 一通り中身を机の上に並べ終わった後どさりと椅子に腰掛けた河合さんは一番最初に取り出したバーガーの紙を広げて口元へと運びながら、そこでやっとわたしの視線に気づいた。



「どうしたの?」

「あ……いえ、美味しそうだなと思って」

「食べる?」



 予想外の言葉に、え、と声を出す。それから咄嗟にいいですと続けるとそれに対して文句をつけるかのようにお腹がきゅうとなった。更に追い打ちをかけるかのように鼻孔を香ばしい香りがかすめる。わたしは誘惑から逃れようと、レポートやらなきゃ、と誰に言うでもなく口にしてパソコンの画面に向き直った。
 河合さんは、そっかーと言ってバーガーにかぶりつく。わたしは目の前にある作成途中の文章に意識を集中させた。明日……というかもう今日中に完成させないと間に合わないのだ。そう自分に言い聞かせて未だに鼻をくすぐる香りは頭の中から無理矢理追い出そうとする。えっと……どこまで進んだんだっけ。



「はい」



 びくりと肩がはねる。日が変わってから早くも二回目だ。驚いたのは、そこの椅子に座ってバーガーを食べていたはずの河合さんの声がすぐ近くでしたから。
 咄嗟にそちらへと顔を向ければ、今までで一番強く香る魅惑のそれ。それもそのはず。だって今わたしの目の前(正確には口の前)には、フライドポテトが一本突き出されているのだから。



「あーん」



 河合さんの声は楽しげだった。少し顔を引いたままで言われるままおずおずと口を開ければ、目の前にあるフライドポテトはいとも簡単にわたしの口の中へと入る。まだほんのり暖かいそれは香ばしい香りを口いっぱいに広げながらわたしの舌と、それから腹を喜ばせる。



「美味しい?」



 そう言って微笑む河合さんに口元を隠しながらわたしはまごまごと答えた。



「美味しいです」



 河合さんはまた、そっかーと言って楽しそうに笑う。何がそんなに楽しいのか分からないけれど、わたしもついつられて笑ってしまった。





【誘惑に負けた幸せの味】



 でもこんな夜中にこんな油っぽいもの食べると太るよーなんていう河合さんの台詞は聞こえなかったことにしよう。





―…

河合さんは絶対食べても太らない体質の人です。うらやましいことこの上ないです。

ちなみに河合さんが男なのか女なのかは分からないままですのでどっちかで想像してた人はもう一方だと思って読み返してみるとちょっと面白いかも。
 









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