ぶっく3
□れいにーでい
1ページ/1ページ
ほぅと息を吐けば湿った空気に音もなく溶けた。
深夜0時、何をするでもなく部室で駄弁った後の帰り道、朝雨予報を見て傘を持って歩いて出てきたのはわたし一人だけで、他のみんなは(なぜか)自転車で。
降っていると言うには控えめすぎる雨は、それでもわたしと、それから自転車を引いてわざわざ歩いてくれる彼とをしっとりと濡らしている。
「このまえ、」
他愛ない雑談をぽつぽつと交わしてからふと、彼が口にする。
「このまえ言ってた、好きな人って、結局誰なの?」
わたしは「え、」と笑いながら彼に目を向ける。この前、と言っても彼にその話をしたのは二ヶ月ほど前の話だった。私にとって彼はサークルで一番気軽な友人で、彼にとって私は妹のような他人で。
彼の表情はいつもと変わらず穏やかだった。でも多分夜のせいか、雨のせいか、いつもよりも優しげに柔らかく見えた。
「もう諦めたよ」
わたしは笑いながら答えた。その話をしてから二ヶ月間、サークルの活動がこの時期はほとんど無いせいもあって、あまり彼とあの時みたいにじっくり話をする機会は無かった。けれど会わなかったわけではないし、顔を合わせれば言葉を交わしもした。
でもあの夜にしたその話題には触れてこなかったから、彼にとってはよほど興味が無いことだったのだろう、とわたしはそんな風に考えていた。
「えぇ?なんで?」
彼は優しい表情のまま笑って聞き返す。
なんで。なんて、聞きたいのはこっちのほうだ。どうしていまさらそんな話をしてきたのだろう。
「まぁ、いろいろあるんだよ」
相も変わらずわたしは笑って答える。「へー」なんて返事をする彼はやっぱりこの話題に興味があるようには見えなくて。
きっとなんとなくふと思い出して、軽い気持ちで聞いたんだろうな、なんて自己完結したわたしの答えを打ち消すように彼は続けた。
「相手は知ってるの?」
「ん?何を?わたしが好きだったってこと?」
「うん」
面白いことを聞くなぁ、と少しおかしくなる。
「知ってるわけ無いじゃん。やだよ、知ってたら」
「ふーん」
これだけ聞いておいても彼の反応は変わらずどこか他人事だった。まぁ、他人だからそれは当たり前なんだろうけど。
「上なの?下なの?それとも同期?」
「え、言わないよ」
二ヶ月前は全然突っ込んで来なかったのに、今日は本当にどうしたのだろうか。
二人きりで話すのはあの夜ぶりだから、思い出して今更気になっているのだろうか。
「でもサークルの人なんでしょ?」
「うん」
「諦めたって事は卒業しちゃう先輩とか?」
んー、どうかなぁ、なんてはぐらかすわたしにそれでもなお追求しようとする彼は、わたしと彼との別れ道で立ち止まる。そんな彼に合わせてわたしも足を止めた。
「家の前まで送ってくよ」
「え、いーよ」
「でも何かあるかもしれないし」
心配、というより冗談めかして言う彼にわたしはまた笑う。
「大丈夫だよ」
「そっか」
そういって彼はまた、この雨みたいに柔らかい顔でふわりと笑ってから、それじゃあ、と手を振った。
れいにーでい
(柔らかくて優しくて)(少し切ないキミの顔)
、