ぶっく3

□何かが変わる日
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例えば、目があっただけで舞い上がってしまったり、ふとしたときにどうしようもなく会いたくなってしまったり、想っただけで眠れなくなってしまうような、そんな、恋をしている自分が、どうしようもなく嫌いだった。


だから、









━━━・・・








「チョコとかどうかな」

「うーん」



スーパーのお菓子コーナーに並ぶ色とりどりのお菓子を睨みながら問うわたしに対する応えは、あまり歯切れがよくないものだった。



「チョコ嫌いなの?」

「や、嫌いじゃないけど…あんま好きでもないかも」



へー。と返しながらチョコレートを一つ棚から取り上げる。それからふと、彼の好みについて自分は全然知らないことに気づいた。



「わたし、キミの好み全然知らないわ」

「え?あー、まぁ多分そんな言ってないんじゃない?」



あんまり好みの話とかしたことない気がする、と、興味無さそうにお菓子を眺める彼を見て、今更ながら自分は彼のことについてあまり知らないことに気づいた。

普段する雑談は本当に他愛もないことばかりで、彼自身のことについてわたしが知っていることといえば、妹が二人いることと、さっき知った、チョコレートがそんなに好きではないことくらいだ。



「アーモンドとかは?」

「あんま好きじゃないかなー」

「へー」



改めてこういった話をするのもなんだか新鮮で面白いなと思いつつ当初の予定を思い出す。



「違う違う。キミの好みは今はどうでもいいんだって」

「さいですか」



今日ここにきたのは目的があった。サークルのとある後輩から、今年世話になったお礼に渡したいものがあると連絡があったのだ。



「わざわざお返しとか買わなくてもいいと思うけど」

「いやいや、そーゆーわけにはいかないでしょ。実際世話になってるのはこっちだし」



ふーん、なんて声はやっぱりどこか興味がなさそうで。そりゃ他人の買い物なんて退屈なのだろうし、こっちとしても早く終わらせたいのだが如何せん年頃の男の子が好みそうなものなどわたしには見当もつかなくて。

更に付き合わせること20分。ようやく買えた後輩へのお返しの贈答用のケーキを片手に、わたしは隣で歩く彼へと声をかけた。



「やー、もうホントなに買えばいいか分かんなかったから助かったよ!ありがとー」

「どういたしましてー」



こっちを見て笑いながら応える彼に、わたしはこっそりと安堵する。退屈させ過ぎてもしかしたら怒っているんじゃないかとも思っていたけれど杞憂だったようだ。



「てかさー」



わたしは、彼に当たってしまわないようケーキの入った袋を左手に持ち変える。



「その後輩ってあんたのこと好きなんじゃないのー?」



ニヤニヤと笑いながらこちらを振り向く彼に、考えるよりも早く出たわたしの「はぁ!?」の声が応えた。



「ないないない」

「えー?だって普通お礼とか渡さなくね」

「律儀な子なんじゃない?」



いや、でも、と尚も食い下がろうとする彼にわたしは笑いながらあり得ないよ、と言い放つ。



「だって、どう考えてもわたしのこと恋愛対象として見てないもん」

「えー?」



彼の声は実に愉しげで。さっきまでのスーパーでの態度は何だったのかと言いたくなるほどだ。



「じゃあ、」



今まで彼が恋愛関連の話でこんなにわたしをからかうことがなかったから、わたしは少し戸惑いながら彼の言葉を待つ。
まぁ、どんなに食い下がられても後輩がわたしに興味がないのはどう考えても明らかなので、その意見を曲げるつもりはないのだけれど。





「もし、俺が好きって言ったらどうする?」





彼が、立ち止まる。



わたしの足も止まる。



彼の言いたいことが分からなくて彼を見れば、いつかの別れ際に見せたような微笑みを浮かべていて、なんだか直視出来ない。




「好きって、え、」




左手の紙袋持ち手をぎゅっと握りしめた。そうしていないと今にでもするりと手放してしまいそうで。




「あ、え、でも、あ、そっか。もしも、だもんね、えっと、」




馬鹿みたいに動揺していて言葉が纏まらない。
それでも、顔を伏せてもなぜか分かる彼の視線から逃れようと、ははは、と渇いた笑いと意味のない言葉をただ発して。



だって、彼は気の会う友人で、彼はわたしのことを妹のようだと言っていて、彼は、だって、そんな。



あの時のあの応えや、行動や、表情の意味が、一つの形を浮かび上がらせる。


そしてそれを纏まらないよう掻き乱すのは、そんなはずないというわたしの意識で。




「もしもって言うか、」





聴いたことがない彼のその真剣な声が、どうしようもなくわたしの意識を揺さぶって、形をーーー、




「好きなんだけど」




ーーー浮かび上がらせた。





━━━・・・



例えば、目があっただけで舞い上がってしまったり、ふとしたときにどうしようもなく会いたくなってしまったり、想っただけで眠れなくなってしまうような、そんな、恋をしている自分が、どうしようもなく嫌いだった。


だからわたしは、






何かが変わる日
(わたしのこたえは)(きっともう決まってる)






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