ぶっく3

□公平に特別な彼女の特別
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よく考えれば分かることだ。
他人の些細な行動や変化を見てその心の内を読み、その人物が一番欲しい言葉をいとも容易く口にすることが出来る彼女に、その逆を出来ないわけがない。彼女は僕の目を、まるで夏の陽炎のその先にある人物を見極める時のようにじっと、しかしどこかぼんやりとした様子で見ながら言葉を紡ぐ。始めこそ目を合わしていた僕だが、今ではすっかり目線は落ちてしまって、まるで彼女が見えない重力でもかけているみたいに僕の頭は垂れたままだった。根でも張ってしまったのか、動かない身体も相まって、自分が柳の木か何かにでもなってしまったのではないかという気にさえなる。


彼女の言葉は他の誰の言葉よりも特別だった。彼女の優しさは狼狽えた気の弱そうな子がかけるような、時に空回りし時に苛立ちをも生むそれでなく、もっと真摯で凛として美しく的を射た優しさであった。それはまるで魔法のようでもあった。彼女が彼女の大切な人にだけかける魔法。特別な者だけ公平に与えられる愛の標。そんな彼女の言葉だからいつだって正しく見えたたし、僕にとって彼女の言葉は飲み込む以外あり得なかった。


期待していなかったと言えば嘘になる。僕は確かに彼女がその類いの話を好ましく思わない人間だと知っていたけれど、しかし僕だけは特別なんじゃないかとありもしない妄想を胸に抱いていた。そうでないとしてもきっと、他人を、自分の大切な人を大切にする彼女だから、バターナイフみたいに丸みのある拒絶で、優しく拒むのだと思っていた。そしてそれは僕に傷がつかないようにする配慮であろうと、そんなことをなぜか確信していた。



気のせいでしょ?



僕の気持ちを尋ねるだけのはずの言葉だったが、彼女が口にしたそれはもっと厚みがあり、重みがあり、真実味があった。僕に、僕は僕の感情や心の動きさえ上手く見抜けていなくて、本当にこの気持ちは気のせいなのかと思わせるだけの力があった。彼女はきっと何もかも分かっていた筈だ。僕が彼女に恋焦がれてしてしまうことも、それを彼女に伝えてしまうことも、そして、彼女の言葉から僕が逃れられないことも。思っていたよりずっと鋭く鈍く刺さった言葉を傷口で感じながら、あぁそうかと思い至る。これが彼女の優しさなのだ。そうだった。彼女の優しさはそういうものだった。彼女はいつか自分でそれらはただの自己満足だよと笑っていたが、しかし僕には曖昧な優しさやぬるま湯のような態度よりもずっとずっと苦しく、そして優しく感じられた。彼女にとって大切な人を苦しめる物は、取り除くだけ。それが例え、自身だったとしてもその優しさは変わらないのだ。



僕が彼女の優しさに気付いていることを彼女は気付いているだろうか。きっと彼女は気付いているだろう。僕が、これまでの気持ちは気のせいだったかもしれないと納得してしまったことも、そしてその時同時に、僕は君に再び、しかし先程までとは違って“正しく”彼女に恋をしてしまったのだと感じてしまったことも、大切な人には母のように優しく、それ以外には無関心な彼女の確かな拒絶を受けることに優越感を覚えていることも、全部全部全部、彼女はきっと気付いているのだろう。それが彼女だ。僕にだけ困ったような苛立つような顔を向けてくれるようになった彼女を僕は、愛さずにはいられないのだ。




【公平に特別な彼女の特別】






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