ぶっく3

□先生。
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砂浜に先生がいる。私は先生の隣に座る。久方ぶりの再開だが先生はあまり変わっていない。相変わらず骨と皮で出来ていて、でも豪快に、少年みたいに笑う。先生とこれほど親しく話したことはない。先生が笑っている。お久しぶりです、なんて言葉を掛け合っているうちに、砂浜にいた他の元生徒たちも集まってくる。みんな先生が好きだ。


先生の家には昔一度だけ行ったことがある。木造の縦に大きい家で、上が3階か4階くらいまである。普通の階段とは別に、ひとつ上の階へ続く鉄製の梯子が壁に垂直に掛けられていて、先生はそれを使って移動する。昔は高いところが苦手で、この手の梯子も苦手で怖かった。今はそれを懐かしく思いながら、先生の後に続いて梯子を上る。他の生徒もどんどん上ってくる。


最上階への移動だけ、先生は階段を使った。他の階へ続く階段は既に腐り落ちていて、上れそうなのはこの階段だけだった。 皆が先に上ったあと、ゆっくり階段を上る先生に、先生お身体は大丈夫ですか、と問う。先生は後ろに一人着いてきていた私を振り返って、珍しくちょっと罰が悪そうな、心配そうな顔で、実は今ちょっと風邪をひいていて、あまり良くないのだと応える。えっ、大丈夫なんですか?入院とか…。そう声をかけているうちに階段を上り終わった先生が死角に消える。急いで後を追うと、外国人が15人ほどいる部屋に出た。そのうち8人ほどが楽器を携え、その他は各々好きなように寛いでいる。


なるほど、これで先生は一人でも寂しくないのか、よかった。という安心と、先生はこの外国人たちに騙されて居着かれているのではないかという心配とが同時におきる。先生たちの姿はない。見晴らしのいい場所に出たのだろうと、バルコニーのような場所へ続く低い木製の柵を跨ごうとして、柵のすぐ外側に上半身水着姿の外国人女性が横たわり日光浴をしていることに気がつく。その時。




何か音がしたのか、それとも建物が揺れたのか、記憶がない。

なに、と思い振り返ったとき目に入ったのは大きな柱。その柱に背中を預けしゃがみこみ、頭を抱える水色の服を着た人。なにが。皆が柱の向こうに目をやる。柱に手をつき、その向こうを覗きこみ、ぎょっとする。


窓の前で黒人男性が項垂れている。頭には大きく割れた窓ガラスが貫通している。悲鳴を上げたのは自分だけだ。周りの外国人はみな、じっと動かず、驚き、困惑し、怯えている。目にしたのは一瞬。でも消えない。


何が。



下を眺める。家に2台のひしゃげた車が突っ込んでいる。頭の部分が壁から突き出している。そんな。消防も駆けつけている。ここから出なければいけない。水色の服の外国人の手をとる。ここではじめて、顔をみて、この人が少し茶色がかったブロンド髪の女性だと気がつく。死地を一緒に逃れた私たちはきっと親友になるだろう。初対面の女性と手を握り、そんなことを思いながら外に出る。こんなところで私がもし死んだら、家に呼んでくれた先生は一生後悔する。そんなことはさせられない。そして気がつく。


先生は。皆は。


先生たちを見失ってから、姿を見ていない。一緒に逃げた外国人たちの中にはいない。もちろん外にもいない。どこに。消防に紛れてもう一度家に入る。

先生!階下から声を掛ける。
家の中心から見上げると、腐っている階段がよく見えた。上に上がらなければいけない。足を置く場所を慎重に選びながら何度も声を掛ける。先生!皆!どこ?先生!自分の声で空気が震える。階段がみしりと音をたてる。そして最上階から口笛が返ってきた。

先生!

呼びながら、先生だと確信した。声が出ないのだろうか。腰の辺りを挟まれて動けなくなっている先生の姿が脳裏に浮かぶ。だめだ。先生を死なせてはいけない。先生は死んではいけない。

口笛は一度きりだった。その後は何を呼び掛けても反応がない。行かなければ。助けなければ。死んではいけない。先生、生きていなくちゃいけないんだ。







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