ぶっく3

□このあいだペットのえーあいをたべたはなし
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別に寂しかった訳じゃないけど、寂れた電気店の入口に置いてあるワゴンの中で小さく転がっているそれに、なんとなく目を留めてしまった。

パッケージはなく、直径15センチくらいで白くて丸くて少し汚れたそれに貼り付けられた値下げ用の赤いシールには、黒いマジックで「AIペット中古品!!」と手書きで書かれ、その下に何度も値下げされた後が伺える。


へー、これが巷で噂のAIペットってやつか。


一部のお金が余っている層には大人気らしいけど、私なんかには到底手を出せる代物ではない。実物を見るのも初めてだし、欲しいと思ったことすらなかった。


だというのになぜかそれが妙に気になってしまった。雲の上の人たちが手に入れるべき娯楽物のはずのそれは何度も何度もその価値を下げられて、普通じゃあり得ないくらい、つまり私なんかの庶民にも手が届くくらい安くなっていたからかもしれない。

それに多分、最近いろんなことがあまり上手くいっていなかったから、なんとなくむしゃくしゃしていたんだと思う。迷って迷って、最終的に血迷った私はその胡散臭いそれを手に取り小汚い店の奥に入ってしまった。



返品お断りなので、要らなくなったらそのまま自分で処分して下さいね。



会計をする短い間に店主がわざわざ3回もそう言った意味は、聞かずともすぐ思い知ることとなる。




ソイツは、本当に人間が人間のために作り出し売り出したものなのか疑わしいくらいに陰険で口汚かった。

おかげで初期設定時にまんまと自分の名前を始めとしたあれこれを登録してしまった私は、ソイツからわざわざ名指しで、一日に何度も呪いのような言葉を聞き続けなければいけなかった。

しかも無駄に高性能だから、一度起動前に満充電しただけなのにかなり電池持ちが良く、その上どういうことかスリープボタンもリセットボタンも効かず、更にタンスの隅に押し込もうとしたりゴミに出そうとしたりするとビービーという馬鹿みたいにでかくて耳障りな警告音とともに登録してある私の個人情報をつらつらと並べ立てるといった始末であった。

そういう風だから、私が家にいる時間は段々と短くなった。ただ職場には元から私の居場所などないので就業後長くは残れず、かといって外で過ごすような金もなく、転がり込めるような友人も相談できる人もおらず、ただ夜の街を意味もなくふらふらと彷徨い日付が超えてから家に帰る日々が続いた。ただそれも、一度警察に見つかりねちねちと色々聞かれた上に持ち物まで見られて嫌な思いをしてからは、日付を超える前であっても警察の姿を見かければ逃げるように家に帰らなければいけなかった。

夜の睡眠時間が減って、仕事のミスが増えて、怒られて、謝って、疲れて、眠くて。そんな時にアイツは静かに、だったら死んでしまえと私に囁いてくる。だから私は、絶対にコイツの言うとおりにだけはなってなるものかと、なんとか自分が死んでしまわないように、ただそれだけを必死に考えながら過ごしていた。そんな時だった。


その日は朝から嫌なこと続きだった。おはようなんで今日も生きてるのとアイツに言われ、仕事で失敗して上司からいい加減やる気がないなら辞めろと言われ、帰り道立ちくらみがして足がふらついたところに知らない男子高校生から邪魔くせーなと言われ、急な雨にも降られて、頭痛も腹痛も吐き気も全然収まらないところにまた警察から声をかけられて、仕方がないから家に帰った。


なんでまだ生きてるのと聞いてくるソイツともう会話なんてしたくないのに、反射的に怒鳴るように うるさい と返事をしてしまった。



するとソイツは、だったら黙らせればいいと返してきた。


どうやったらお前は黙ってくれるんだよ


そんな私にソイツはいつもの調子で返す。



いっそ、食ってしまえよ



は?食うってなにを…、



そこまで口に出して、もしかして案外名案なのではないかと思えてきた。
私に掴まれた時ソイツは、珍しく何も言葉を発さなかった。向こうの言うとおりに動くのは癪だったけれど、もう黙ってくれるなら何でもいいやと思い、わたしはソイツを茹でて食べた。


AIペットは、人工物のくせに中まで柔らかくて、ちょっと弾力があって、無味無臭だった。



あぁ、良かった。
お祝いのディナーにしては少し味気ないけど。
その日は久しぶりによく眠れた。



次の日、いつものように職場で怒られ逃げ込んだトイレで、すっかり聞き慣れてしまった言葉が聞こえてきた。




何でまだ生きてるの




聞こえるはずのない声が頭で響いていた。幻聴かと思ったけどどうにも違うらしい。

そしてこんな今更になって私は漸く、アイツを食べる…つまり取り込むということがどういうことなのかを理解して、絶対に負けてやるものかと歯を食いしばった。







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