ぶっく3

□晩秋
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「やだーっ!寒いーっ!!」


 自動ドアが開いた瞬間、友人が悲鳴にも似た叫び声を上げた。私は小さく「そうだね」と返して、マフラーを口元まで引き上げる。そうして自分の身を守ってから、寒いのならスカートなんて履かなきゃいいのになんて到底言えるはずのない想いを飲み込んでマフラーに息だけ吐き出した。

「もう冬だねー」

 隣で寒そうにしながらそう言って歩く彼女の足元では枯れ葉が時折風に吹かれてカラカラと音を立てていた。寒さで縮こまっていたせいか気付かなかったが、周りの木々にはまだ秋の気配が残っていた。なんだか案外しぶといなと思いつつ冷たい両手をポケットへ押し込むと、右手に嫌なものが触れる。昨日入れたままにしていた取り出さなくても分かるそれの形をポケットの中でなぞりながら隣を歩く友人を見れば、彼女は「そう言えば」と声を上げた。

「結局クリスマスどうすんのー?」

 独り身、なんて言い方は少し仰々しいが、要は彼氏がいない女子同士で集まって楽しく過ごそうかという計画が11月初め頃から計画されていたらしく、私も話だけは聞いていた。不参加のつもりだったけれど、ポケットの冷たいそれを知らずに握りしめながら「行くかなー」と答える。そんなことを言いながら、きっと行くことになるのにそうでない可能性も捨てきれてない自分がいることに気付いて、視線を足元へと移動させながら、まるで言い訳のように「…さむ」と呟いた。風が強いせいか今日がやけに寒いのは事実であったけれど。

「駄目だったの?」

 なにが、なんて聞くまでもなく私と彼との話だ。質問をしてきた時点で既に薄々察してはいたのであろう彼女に「んー…」なんていう私の答えは当然肯定として受け取られる。そして勿論それは間違いではなかった。

「今日指輪してなかったからさ、なんとなくそうなのかなとは思ってた」

 友人の言葉に一瞬息が詰まる。ポケットに入ったままの右手は知らずのうちに中で握りしめていたせいかじんわり汗をかいていた。そんな様子の私に気付いているのかいないのか、友人は足取りを変えずに歩き続ける。

「捨てた?」

 続く彼女の質問に再び「んー…」とだけ答えながら握りしめられた右手の中にあるものの感触を確かめる。今度もまた肯定だと受け取ったのか「その気持ち分かるわぁ」としみじみと自分の体験談を語りだす彼女に正直ほっとしながら私は更にマフラーに埋まった。やっぱり今日はやけに寒い。帰ったら温かいココアを入れて飲もうか。でも本音を言ってしまえば、あんな寒い部屋へはしばらく帰りたくない、なんて。


 体験談を話し終えた彼女は何か思うところがあったのか、「クリスマスはいっぱい飲もうね!」という言葉を残してバイトへと向かった。クリスマス。なんて嫌な響き。恋人がいなくなってしまった途端にそんなことを思うのもどうかとも思うけれど。

 あと2週間もすれば、街はクリスマス一色になるだろう。華やかなイルミネーションに彩られ、店頭にはクリスマスフェアと謳った様々なものが売り出されて、ツリーなんかも飾られたりして。それをもう彼と共に見ることも無いのかと思うと、既にどうしようもない状態だったことを分かっていながらもやはり少しくらいは寂しいなんて思ってしまって。そしてその瞬間すぐそんなことを考えてしまったことを後悔した。湿った息を吐き出しながら、私は右手で握り締めていたそれを取り出す。


「捨てられ…ない、よなぁ…」


 目の前で輝きを放つ銀のシンプルなその指輪は彼が去年のクリスマスの時にくれたものだ。1年近く着けていたせいか指輪が着いていない今の右手はどこか味気なくて不自然で不格好に見えた。彼がくれたものだから、というより単に気に入っていたからというのが捨てられない理由だったけれど、だからと言ってこの指輪を着け続けていれば、あの女は未練たらたらだと周りの目には映るだろうし、もしかしたら彼もいつまでも着けて気味が悪いやつだとか思ったりするのだろうか。


 今更彼が何を思うかなんて、関係ないのにね。不思議と別れる前よりも今の方が彼のことをずっと多く考えている気がする。なんだかなぁ。なんとなく釈然としない思いを抱えながら、私はもう一度指輪も一緒にポケットに右手を突っ込んで長い息を吐いた。





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